第18章 響箭の軍配 壱
思わず通常の声量で発しそうになったそれへ咄嗟に口元を覆い、目を見開いていると、そんな凪を放置して光秀は褥へ身を横たえた。いつも御殿でしているような体勢となり、自らの隣をぽんぽん、と叩く。
「な、なんで戦場で家賃…!?」
「…おや、家賃とは部屋を借りている期間中、払うものではなかったのか?」
「…うっ」
狼狽える凪が疑問を露わにすると、光秀は実にわざとらしく片眉を持ち上げて問いかけて来た。理解力があり過ぎるが故に、痛いところを突かれた凪が短く呻く中、悠々とした様子で笑みを浮かべた光秀は、眼へ柔らかな色を灯すと優しく声をかける。
「おいで、文句なら褥の中で聞いてやる」
「……分かりました。家賃ですもんね、じゃあ仕方ないです」
葛籠を軽く片付け、横たわる光秀の隣へ身を滑らせた。御殿の褥よりも当然小さなそこは、いつものように端へよる余裕がない。光秀が褥から落ちても困ると考えた凪が、背を向けて藁の敷物の方へずれようとすると、腹部にぐいと硬く力強い腕が回された。
「あまり端へ行くな。藁の上へ落ちては身体が冷える」
「わ、あの…っ」
「言う事を聞かないようなら正面から抱き竦めて、何処にも転がらないようにしてやるが」
「それは遠慮します…!」
無理矢理光秀の方へ身体を向き直されかねないと判断した凪が、大人しく背中から光秀の腕へ収まる。自らの発言にぴしりと身を固めて言う事を聞いた凪へ吐息混じりの笑いを溢し、無防備な首筋へ視線を投げた。
いつものような箱枕ではなく、布を畳んで枕代わりにしている事もあり、凪の頭の位置はいつもより若干低い。普段御殿で寝ている時は頭の置き場所をしばらく探している彼女があっさりとその位置を固定した事に気付き、静かに問いかけた。
「もうしばらく暴れるものと思っていたが、今日は随分あっさり落ち着いたな」