第18章 響箭の軍配 壱
裸を真正面から見せる事にならなかっただけましだが、正面で合わせを直されるというのはとてつもない羞恥である。整った顔立ちの男が正面で胸元の合わせを引っ張り、乱れを無くして行く様をちらりと見やった凪は、視線を向けた事を秒で後悔した。
(……なんか真顔なのが余計に恥ずかしいんだけど!!)
いつもの如く、意地の悪い笑顔の一つでも浮かべていたなら、まだ遊ばれている、と認識も出来よう。しかし笑みを浮かべていない光秀の表情は淡々としていて、少なくとも凪にはからかいの色が見て取れなかったのだ。それが余計に気恥ずかしさを助長させる。
「も、もう出来ましたよね!?」
「……ああ」
凪の目から見ても夜着はしっかりと直されていた。もう十分だろうと声をかければ、光秀は小さく頷いて見せる。ようやく解放されたとばかりに再び背を向けながら吐息を漏らした。なんだか日中の仕事よりもどっと疲れたような気がするが、彼女は律儀にも光秀をちらりと振り返り、礼を述べる。
「……ありがとうございます」
「礼を言われる事ではない。だが、気に入ったのなら御殿でも毎日着付けてやっても構わないぞ」
「それはまったく要りません。子供じゃないので」
「そうか、それは残念だ」
金色の眼を眇め、肩を緩やかに竦めた男は一度わざと言葉を切った後、人差し指で目の前の華奢な背筋をすっと撫で下ろした。
「…っ!!?」
「子供でないならば仕方ない。またの機会を大人しく待つとしよう」
「もう、何なんですか!…大体光秀さん、何か用事があって来たんじゃ?」
背に走る感触にびくりと身体を跳ねさせた後、からかいの音を滲ませつつ口角を上げた男を振り返る。物申したいと言わんばかりの不機嫌も露わな眼差しを向けつつ、凪は光秀へ本来の目的を問う。
むっと眇められた彼女の視線を目の当たりにし、ああと相槌を挟んだ光秀は白い着物と袴の上に身に付けた甲冑を外し始めた。あまりにも言葉足らずな男の行動にぎょっと目を見開いた凪へ振り返った光秀は、帯刀していた刀と火縄銃を寝具の傍に置いた後で当然の如く告げる。
「家賃を貰いに来た」
「………家賃!?」