第18章 響箭の軍配 壱
光秀の一言で途端に周りを意識してしまったらしい凪が、周囲に聞こえないようか細い声で紡いだ。僅かに震えを帯びた声はいっそう男の加虐心を煽り、眸に籠もる熱を強めさせる。
耳の縁へ唇を寄せ、そこへそっと口付けを落とした光秀が帯を片手で器用に押さえたまま、空いた片手で凪が必死に押さえる衿部分、胸の膨らみに沿うよう、触れるか触れないかギリギリな距離感でゆっくりなぞった。
じわじわと赤くなる耳朶や首筋を視界に入れ、笑みを深めた光秀を他所に、凪は肯定を示すよう固く瞼を閉ざして数度頷く。
「動きません…っ、動かないから、早く帯っ…!」
(恥ずかし過ぎて心臓壊れる…!!無理…!!)
耳元で落とされる囁きは甘く、元々声色がしっとりと艷やかな低音である事も手伝い、とにかく羞恥を煽られた凪は蘇りそうになったいつぞやの夢の光景を脳内から追い払うよう、瞼を閉ざした状態で顔を俯かせた。
どくどくと煩い早鐘は、もうとっくに光秀へ伝わってしまっているのではないかと懸念される程であり、早く帯でもなんでも締めてくれと言わんばかりに急いて求めるような声が出る。
凪と過ごしてひと月程。ほとんど聞いた事のない切羽詰まった、些か上擦った声が唇から零れれば、光秀は喉奥で低く控えた笑いを溢し、わざと艷やかな音で囁いた。
「せっかちな娘だ。そう焦らずともちゃんと最後まで面倒を見てやる」
「もう、変な言い方しないでください…!」
限界に達しつつある凪の羞恥と苛立ちが綯い交ぜになった眼を向けられ、光秀は両手で器用に帯を巻く。正面側できゅ、ときつ過ぎず、ゆる過ぎずの程良い程度で帯が締められ、ようやく合わせを押さえる必要がなくなった事に安堵したのも束の間、凪の身体はくるりと反転させられた。
「えっ!?」
「このままでは帯を締めていても、乱れて露わになるぞ」
「それは自分で直せます…!」
「最後まで面倒を見てやる、と言っただろう」
有無を言わさず光秀の方へ身体ごと向ける形になった凪が、驚きと共に自己主張するが、光秀は何処吹く風である。まったく意に介さず、しれっと先程の発言を持ち出した後、乱れたままであった合わせを、肌を覗かせる事なく直していった。