第18章 響箭の軍配 壱
角へ獲物を追い詰めるが如くやって来る男の面持ちがいつもの意地の悪い笑みを浮かべていると気付き、凪は困窮して帯を探した。
(しまった!!)
けれども帯は未だ葛籠の中にあり、手を伸ばさなければ届かない。何故夜着を出した時、一緒に取っておかなかったのかと数分前の自分を責めた彼女が、片手で合わせを押さえつつ、手を伸ばそうとしたと同時、光秀の手がひょいと凪が掴もうとした帯を持ち上げた。
「こちらを向け。帯を締めてやろう」
「む、無理…っ」
帯を締めるという事は即ち、適当にかき合わせた合わせを直すという事だろう。そうなれば完全に真正面から裸を見られる事になる。くるくると結ばれた帯を解きながら口角を上げる光秀へ顔だけで振り返り、強張ったまま凪が必死に首を左右へ振った。
凪自身はまったく気付いていないだろうが、羞恥がそこそこ限界値に来ているらしい彼女の黒々した眸が燭台の灯りに照らされてゆらゆら揺れている様は、実に男の加虐心を擽る。怒る、というより困窮した様で眉尻を下げられ、肩を小さく竦ませている様子は実に頼りなく、愛らしい。薄い夜着がひたりと背について薄っすら白い肌が透けるように見える感覚は煽情的であり、そこらの男ならば容易に喉を鳴らすような光景だ。視線を足元へ向ければ、身体を拭ったのだろう水桶と手拭いが見える。水分を含んだ事でしっとりしているのだろう肌に触れたい衝動をおくびにも出さず、光秀は凪の背後へ身を寄せ、後ろから抱き締めるような体勢で細腰に帯を回した。
「っ…、光秀さ…!?」
「しー…、あまり騒ぐと周りの兵が起きる。聞き耳を立てられたいなら、俺は別に構わないが」
驚いて背後を振り返りかけた凪の耳元へ唇を寄せ、囁きを落とす。少しばかり低めた声量でわざと彼女を煽るような事を告げれば、凪は面白いくらいに身を固くした。相変わらず弧を描いた口元は光秀の心中を表しているかのようだが、生憎と正面へ向き直ってしまった凪は男の表情を窺い知る事が出来ない。
「や、やです…っ」
「なら大人しくしていろ。良い子にしていれば、すぐに終わる。俺に正面から合わせを直されたくはないんだろう?」