第18章 響箭の軍配 壱
寝具が敷かれた畳の下には藁で編まれた敷物が敷かれている為、そこへ草履と足袋を脱いでから上がり、簪を抜き去る。草履以外は明日以降も着る事になるだろうしと、再び葛籠へ戻した後、ヘアゴムを解いて髪を下ろす。よく動いた所為で汗をかいたが、当然戦地で湯浴みなど出来る筈もないのでしばし考えた末、桶に水瓶から軽く水を汲み、そこに手拭いを浸して濡らした後、身体を拭いた。
その後、汗を拭ってすっきりしたまま夜着を羽織ったところで、不意に天幕の外から声がかけられ、凪は反射的にびくりと肩を跳ねさせる。
「凪、入るぞ」
「え、ちょっと…!?」
よく耳に馴染んだ男の声に、つい焦燥を滲ませた声を発したが、普段と変わらず声をかけたと同時に反応を待つ事なく足を踏み入れて来た相手へ、凪がすぐさま夜着の前を合わせた。
「……ああ、着替え中だったか。これは失礼」
「いや、全然失礼って感じしないんですけど!?すぐに着替えるので、一旦出て貰えます…!?」
入り口へ背を向けていた事が幸いし、真正面から目撃される事は免れたが、女性として着替えの只中を見られるというのは実に複雑なものがある。
一瞬で状況を把握した光秀が微かに双眸を瞠った後、すぐに何でも無かったかのような素振りでしれっと告げた。長い睫毛をふわりと伏せつつ小さく吐息を漏らして笑い、口元で笑みの形を保てば、心にもない謝罪を紡ぐ。その様は、別に女の裸など見慣れている、といった雰囲気にも感じられ、あまり気にかけていなかった光忠の【色気がない】発言を思い起こすと実に複雑な心地になった。
せめてもの恥じらいで一度天幕を出るように伝えるも、光秀がそこから立ち去る気配は微塵もない。それどころか、天幕の入り口にかけられている布をぱさりと閉ざし、そのまま中へ足を踏み入れて来る。
「あの、光秀さん…話聞いてました…!?」
「聞いている。まあそう恥じらうな」
「これで恥じらわない人はそう居ませんよ…っ」
夜着の前を合わせる手にぎゅっと力を込め、躊躇いなく近付いて来る光秀の姿が燭台の頼りない灯りに照らされ、凪は藁の敷物の上から逃げ出す事も出来ず、じりじりと隅の方へ逃げた。