第18章 響箭の軍配 壱
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夜もすっかりと更けた刻限。
最低限の火を起こし、小さな篝火を幾つか焚いた状態で兵達は夜番の者を除き、それぞれ天幕へ引き上げていった。
戦時の一般兵達は数刻毎の交代制で見張りを行う為、早い内から身体を休める必要がある。自分も夜番をすると告げた凪に向かい、家康と光忠へ同時に、戦えないお前が見張りをしてどうすると真顔で言われてしまった為、彼女はそのまま奥の天幕へと入る事になった。
軍内唯一の女性という事や、姫君という身分も手伝って凪は武将と同じく単身で天幕を一つ与えられている。さすがにこれに関しては他と一緒で、とは言えなかった為、有り難く一人で悠々と天幕を使わせて貰う形となった。
「……とは言ったけど、こんなにちゃんとした天幕だとは思わなかったなあ…」
凪の為に用意された天幕は武将や総大将クラスの面々が使う畳が敷かれており、その上には簡易的ではあるがしっかりとした寝具が敷かれている。小さな燭台が二台と机代わりの台に床几、水瓶と柄杓(ひしゃく)、桶といった内装は、明らかに一般兵の天幕内とは異なっていた。
ちなみに一般兵達は数人毎の雑魚寝なので、そもそも気温が高めの夏場においては褥などは用意されていない。そう思うと何だかますます申し訳ない心地になるが、せっかくなので有り難く使わせていただくとして、凪はそっと床几に腰掛けながら吐息を漏らした。
天幕の外はすっかり静まり返っている。皆それぞれ身体を休めているのだから当然だ。夜明けと共に開戦と言っていたが、戦についていまいち理解の及んでいない凪にとっては、いまだ実感がない。それでも、先日【見た】景色を思い出す度に、戦が双方命をかけたやり取りであると思い知らされるのだ。
目を逸らさぬよう、と自分自身に言い聞かせている内に、すっかり目が冴えてしまって眠気がやって来る気配がない。
「……いやいや、取り敢えず眠れなくても横になるだけなろう。身体を横にしてるだけでも休息にはなるって聞いた事あるし」
そう思い至った凪は、ひとまず夜着に着替えようと端に置かれた葛籠(つづら)を開き、そこから着物と帯を取り出した。