第18章 響箭の軍配 壱
味は分からなくても、せめて暖かさは伝わればいいと思いつつ咀嚼する横顔を眺めていると、ふと流された視線とぶつかった。
「どうした、半日振りに俺の顔を見れて嬉しいのは分かるが、手元をお留守にして飯を転がすなよ」
「ち、違いますよ…!おにぎりも転がしません…っ」
吐息混じりに笑いを溢され、凪が耳朶をじわりと赤く染める。握り飯を転がす云々より、気付かれる程に自分は光秀を見ていたのかと自覚した事の方が恥ずかしかった。別に他意はない、ただちゃんと食べているのか気になっただけだと心の中で言い訳をしつつ、憮然と否定すれば、光秀は口元の笑みを深めて穏やかに笑うだけである。
柔らかで落ち着いた眼差しを向けられると、無性に忙しなくなる心を押し隠すよう、凪は手元の握り飯を口に含んだ。勢い余って少し多めに頬張ってしまった所為で片方の頬が少しふっくらしたのを見やり、光秀は人差し指でその箇所をつん、と悪戯に突付く。
「まるで巣篭もり前の栗鼠だな。細々(こまごま)と動く事は感心だが、動き過ぎてうっかり冬眠しないよう、適度に休め」
「……もしかしてそれ、新しい形の心配ですか?」
「これを心配と受け取るとは、言葉の裏を読む術をもう少し学ばせるべきだったか。怪しい商人には近付かない事をお勧めする」
「変な壺買わされる、みたいな言い方しないでくださいよ…!」
口内の物を飲み込んだ後で光秀のとても分かりにくい物言いに眉根を寄せた。凪の問いかけに対してはさして表情を変える事なく、むしろやれやれといった風に瞼を伏せた光秀のわざとらしい物言いに反論を述べる。
過ごしている場所は野外であり、ここは国境付近とはいえ確実に敵地、その筈であるのに光秀と何気ない会話を交わしているだけで変わらない日常を過ごしている錯覚に陥った。
何だかんだと文句を言いながら笑みを零す凪を視界の端に収め、光秀はそっと口元を綻ばせる。明日以降の開戦において、少しでも彼女の表情が曇らなければいいと思いながら、光秀はいつもよりゆっくりと食した最後の一口を口内へと入れたのだった。