第18章 響箭の軍配 壱
開戦は明日の夜明け、と光忠に伝えられていた事もあり、本格的な戦いは明日からだと分かっていても、やはり懸念は完全に拭い去れない。だからこそ、この場所へ陣を張るよう指示してからすぐに離れていった光秀の無事を確認出来た事に深く胸を撫で下ろしたのだ。
(まだ何か兵の人達と話したりしてるし、邪魔しちゃ悪いかな)
一言お疲れ様と声をかけたい気もしたが、忙しいかもしれないと懸念した凪は医療用天幕の傍にある切り株へ腰を下ろし、抱えていた数個の握り飯を膝の上に置く。どうせならば光秀に直接渡したいが、難しそうなら九兵衛に頼んで渡して貰おうと思ったところで、彼女の前方に薄い影が落ちた。
「凪」
「あ、家康お疲れ様。ご飯、食べる?」
「……貰う」
凪の右隣り、柔らかい草が生えているその場所に腰を下ろした家康は普段とは異なり、戦装束を朝からまとっている。改めて彼を見た凪は、胸の前にぶら下がる丸い房飾りが可愛いなあ、などとまったく関係ない事を考えながら膝上の握り飯を手渡した。膝の上に残る物を目にしている家康の視線に気付き、凪は小さく笑う。
「光秀さんは忙しそうだし、もし機会がないなら九兵衛さんに渡して貰おうかなって」
「そう……握ってるの見た時から思ってたけど、変な形の握り飯だよね、これ」
「皆そう言うけど、私の…その、国では割と一般的だったりするよ」
「ふうん」
笹で包まれていた握り飯を丁寧に開き、家康は凪が握った三角のそれへ口をつける。適度な固さで握られた握り飯は表面が少しぱりっとして外側と内側の食感の違いが楽しめるものだった。焼かれる事で香ばしさが増した味噌の塩っ気が米によく馴染み、焼き立てというだけあって普通に美味い。
無言のままで頬張っていた家康は、ふと隣から注がれる不思議そうな眼差しに気付き、怪訝に眉根を寄せた。
「なに?そんなに見られたらさすがに食べ難いんだけど」
「わ、ごめん!…えーと、いつもみたいに唐辛子、かけないのかなって思って。それとも味噌味は普通に好きなの?」
「……!!!」
おそらくただ疑問に思っただけだろう凪の台詞は、家康には少なからず衝撃的だった。正直に言えば、唐辛子をかけるのを忘れていたのだが、驚いたのはそこではない。