第18章 響箭の軍配 壱
「柿…!干し柿とか美味しいですよね!」
「お、柿は結構好き嫌いが分かれるみたいですが、あの良さが分かりますか!さすが姫様。じゃあ秋を楽しみにしててください」
先日差し入れられた梨の礼をにこやかに告げる凪と、楽しげに言葉を交わす浅次郎が握り飯をいただく。ちなみに彼が手に取ったのは綺麗な三角のものだ。よく見れば、凪の前に残っているのはすべて三角のものであり、まさかと思い至った八瀬の背後から低く艷やかな声がかけられる。
「ご明察。俵型は私が握ったもので、あの珍妙な形は凪が握ったものだ。八瀬殿が手にしているのは………言わずもがな、外れだな」
「み、光忠殿…!!!?」
勢い良く振り返った先に居たのは、五郎から後は任せろと言われて配給から外れた光忠だった。肩越しに八瀬の手元を見ていた男は、八瀬が振り返る前にその動きを予測して一歩後ろに下がっている。光秀と似通った顔立ち、長い睫毛で縁取られた菫色の眸を至極愉快とばかりに細めた光忠は、喉の奥でくつりと低く笑い、言いたい事だけを言ってそのまま歩き去って行った。
「……くぅ…っ!!」
同期達の元へ戻った八瀬は、他の面々が確保してくれた味噌汁を受け取りながら腰を下ろし、拳骨に噛み付く。あれ、握り飯ってこんなに硬いものだっけ、そんな疑問を抱きながら八瀬は隣で凪の握り飯を絶賛する同期達の声を聞きつつ、妙に塩っけの強いそれへ必死に噛み付いたのだった。
自らの前に出来ていた列が隣へ移動し、そこの担当である医療兵から、後はお任せください!と告げられた事で凪はようやく配給の役目を終えた。最後に焼いたのはタイミング的にいただくのが後回しになるだろう光秀や家康、共に配給を担当していた光忠などの分で、それ等を焼き終えた後、水で洗った笹の葉を乾かしてから握り飯を包む。
陣内で動いていた者達には既に夕餉は行き渡っており、光秀と共に同行している兵達の分も別で確保している為、配給担当達の仕事も終わりが見えて来た。
自らの仕事に一段落つける事が出来た達成感に吐息を溢したその時、陣の入り口の方からやって来る兵達と光秀の姿を捉え、凪は密かに安堵する。