第18章 響箭の軍配 壱
「な…っ!?」
あからさまな衝撃を漏らした男、八瀬は傍に立つ家康の冷たい眼を見つめ、身体をぴしりと固まらせた。じろりと感情のない翡翠の目に射抜かれ、八瀬は片頬をひくつかせる。
「なに、文句ある?」
「い、いえ…何も…ありません…」
意気消沈とはこの事か。尻すぼみになって行く男の様子は傍目から見ても明らかに哀愁が漂っている。つい先程まで、運も実力の内などとのたまっていたが、運すらない事がこれで確定されたようなものだ。両肩をがっくりと落とし、手前に並んでる同期達が凪の列へ並んでいる様すら視界に入れる事が辛いと言わんばかりに八瀬は足取り重く歩き出す。
そうして隣に控える筋肉達磨───もとい、焼きに自信がある屈強な医療兵その二の前に立ってから、己の心を奮い立たせた。
(いや、でも待てよ!?握り飯の二択さえ突破出来れば、実質凪様が握られたものだという事実には変わりない…!)
焼いたのが例え目の前で鼻歌を歌いながら握り飯を積み上げている屈強な男だったとしても、肝心の物が凪作であれば何ら問題はない。一筋の光明に縋るかの如くいざ、と顔を勢い良く上げたところで、八瀬は静かに絶句した。
(拳骨ばっかりじゃねえか!!!)
最初に積み上げられていたものはともかく、上段に積み上げられているのは外れの拳骨───丸型の握り飯ばかりである。無理矢理下から取ろうものなら、上の方が崩れてしまう為、それも叶わない。万事休す、深い溜息と共に仕方なく伸ばした拳骨型は、冷えた八瀬の心を包み込むかの如くほっこりと暖かい。
「お、お前さんいいのを選んだな!そいつは焼き立てだ。味わって食いな」
「………はい」
もっと別のものを味わいたかった、とは目の前で爽やかな笑顔を浮かべる屈強な医療兵その二の前ではさすがに言えまい。心を打ち砕くかのような拳骨型を持って列から外れようとした八瀬の耳に、ふと隣で交わされていた会話が入り込んで来る。
「あ、浅次郎さん、この前は梨ご馳走さまでした!凄く甘くて美味しかったです…!」
「ありがとうございます。姫様にそう言っていただけるなんて、両親も喜びますよ。調子に乗って秋にはどっさり柿持って来る気がします」