第18章 響箭の軍配 壱
声をかけて来る兵達へ律儀に答えながら、凪はせっせと【とんぐ】と呼ばれる道具を使って焼き網の上の握り飯をひっくり返して焼き具合を見ていた。
ちなみに【とんぐ】は凪がその辺で生えている竹を切り(ちなみに切ったのは五郎)、火で炙ってしなりを付けた即席の道具である。長さがあって物を挟むように持てる事から、焼き物にはうってつけの道具であるが、そんなものを見た事のない光忠としては、何故姫と呼ばれる女がそういった未知の知識を持っているのかますます疑問が深まるところだ。
(……いちいち声をかけられても適当に流せばよいものを。要領が悪いのか、あるいはただのお人好しか)
握り飯を網に乗せる担当の男も、気遣わしげに時折凪を見ているが、彼女が音を上げる様子はない。先程から延々と焼き続けている為、あの細腕ではいい加減疲労も出て来るだろう。いっそ代わってやった方がいいか、そこまで考えた光忠だったが、何故自分が、という気持ちと、湯で火傷をしても困るといった両極端な思考が過ぎり、その消化不良な感情に内心で眉根を寄せる。やがて小さく吐息を漏らしながら何気なく凪の奥へ視線を流した瞬間、光忠はそれを呆れた様子で眇めた。
「おいおい、こっちは誰も来ねえのかよ。せっかくの握り飯が冷めちまうぜ!」
凪と同じように床几に腰掛け、七輪の前に陣取った屈強な医療兵その二が凪作の【とんぐ】を手して台の上に敷いた葉へ焼き上がった握り飯を置いて行く。次から次へと無くなって行く凪とは違い、さながら供物(くもつ)のように積み上がって行く握り飯へ嘆きを発した屈強な男は様々な形を成している握り飯を寂しそうに見つめた。
(………あの男共、混み合う凪の列ではなく、隣の筋肉達磨(だるま)の方へ並べばよかろう)
胸の奥へ若干の苛立ちを過ぎらせた光忠が注いだ熱湯汁が、持ち手がない程注がれてしまった事にも気付かず、男は憮然とした面持ちでそっと溜息を漏らしたのだった。