第18章 響箭の軍配 壱
「…なるほど、太次郎殿。よく覚えた。うっかり伝え損ねていたが、この味噌汁は一気に呷ると戦勝祈願の効果があるという。かなり熱いが、貴殿ならば容易に飲み干せよう」
「え、あ…ありがとうございます…?」
そんな効果もご利益もまったくないが、太次郎と名乗った兵は混乱を見せながらも竹筒を受け取り、冷たい威圧から逃れるようそそくさと光忠の前を立ち去った。
(…怖え)
(さすがは光秀様の従兄弟殿だ。眼が笑ってない時の光秀様そっくりだぜ…)
(一気に飲み干せばご利益…!!!)
十人十色の感想を抱きつつ光忠の熱湯汁────否、野外訓練で大活躍のインスタント味噌汁をいただく為に列を成していた兵達は身を震わせ、それならばいっそ五郎の方に並ぼうと列を変える者などが居たとか居なかったとか。
そんな合間、光忠は隣へ視線をちらりと流した。
光忠の隣では低めの床几(しょうぎ)に腰掛けた状態でせっせと握り飯を大きめな七輪で焼く凪の姿がある。
本日の夕餉は凪の提案で、持ってきていた本日分の兵糧の米を炊き、握り飯にした上に味噌を塗って焼く、味噌焼き握りだ。ゆっくり夕餉を楽しむ事が出来るのは前夜の本日だけ、という事もあり、せっかくならば暖かくて少しでも美味しいものをと、夕方辺りから凪本人と流れで光忠、その他医療部隊に所属する五郎とその部下二人と共に準備していたのである。
「ありがとうございます!凪様!大切にいただきますね」
「熱いから食べる時、気を付けてくださいね」
焼かれた味噌焼き握りは凪の前に置かれた台、そこに敷かれている大きな緑の葉の上へ並べられて行く。凪から声をかけられた兵は嬉しそうに面持ちを綻ばせ、足取りも軽く仲間の元へと向かっていった。光秀の部隊に配属されている者達は、以前の訓練でも顔を合わせている為、大体が面識のある兵ばかりだ。
前回の訓練時、凪からちまきを貰いたい熾烈な争奪戦で脱落した者達は、本番こそはと意気込んで列を成している。戦本番だからこそ、姫の焼いた握り飯が食べたい。そんな欲がひしひしと感じられる男達の様子を目の当たりにして、光忠は若干引いた眼をしていたのは言うまでもない。
「いただきます!凄く美味そうですね!」
「お口に会えば嬉しいです」