第18章 響箭の軍配 壱
光秀の第一の狙いは、イレギュラーな場所へ後方の陣を敷き、敵軍の目から逃れる事である。信長の本陣は山の麓へわざと敷いており、敵の目から確実に見える場所へ置いていた。
それは、織田軍が多勢に余裕を持って敵軍を侮り、一隊でこの戦に挑んだ、という事実を見せつけて油断を誘う為のものだった。織田軍の油断は、敵国にとっての侮りとなる。昂ぶった感情は冷静な判断を鈍らせ、戦略眼を曇らせる。そういった一連の狙いの元に立てられていた。
それを簡潔に説明した清秀は可笑しそうに肩を小さく震わせた後、先程まで荒ぶっていた大名へ視線を流す。
「危うく、化け狐の策に踊らされるところでしたね?」
「ぐ……っ、おのれ明智光秀…小癪な手を使いおって…」
「正攻法の戦はもう古いという事でしょう。………ですから、私からも古きを打ち捨てる策を献上致します」
もはや挙兵は下策であったか。悔恨に滲む大名へ清秀が低めた柔らかな声色で囁きかけた。毒将の名を冠される男に相応しい、相手の弱みに付け入るその姿は、まごうこと無くじわじわと体内に広がって行く毒のようだ。
清秀が紡ぐ策へ耳を傾ける大名の姿を案じるように見つめた武将は、そっと傍に立つ清秀を睨め付けるかの如く見やり、そうして苦渋を滲ませながら瞼を閉ざした。
「清秀様、お待ちください」
大名の御前を辞した後、天幕から立ち去った清秀を追うように武将がその名を呼んだ。まるで端から呼ばれる事など分かっていたような素振りで背後を緩慢に振り返った清秀は、視界に映った険しい面持ちを目の当たりにして笑みを深める。
「随分と怖い顔をしているね。もしかして、私の策は不服だったかな?」
「……殿が貴方様の策を取られると仰るならば、私はそれに従うまで。だが、一つだけ確かめたい事がございます」
「…へえ、なにかな」
兵達が忙しなく動き回る本陣内で、二人の男が向かい合った。
小国の大名側が本陣を敷いたのは、信長が陣を置いた場所から離れた平野であり、距離さえなければ真っ向からぶつかり合う位置にある。それは敵が信長一隊であった場合の配置であり、数では勝っている自軍で包囲し、押し切る策の為に講じたものだった。しかし先刻清秀からもたらされた情報では、その策では対応がし切れない。