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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第18章 響箭の軍配 壱



凪が【見た】光景も手伝い、光秀は新たに作戦を練り直した。おそらく雨が降らずとも、場合によっては奇襲は失敗していただろう。彼女の予見によっていっそう頭が冴えたとはさすがに言えない光秀が、茶化すようにして告げれば九兵衛は的を得ない返答に気の抜けた相槌を打つ。
その後、複数の部下へ配置の確認と指示をしながら、まるで天候の動きを案じるよう、光秀は静かに青々とした空を見上げ、双眸を眇めたのだった。


──────────────…


「魔王自らが直接討って出て来るなど私は聞いておらんぞ…!」

震えた声で手にした盃を地面へ投げ付けた男は、己の恐怖心を押し隠すかの如く憤慨した怒声を配下へ浴びせた。男の前へ傅いたままの配下───おそらく指揮を任されている武将は飛んできた盃の中身、その細やかな飛沫を顔に受け、ほとんど八つ当たりと変わらない叱責を黙して受けている。
織田軍本陣とは打って変わるような質素な本陣は、その小国の財力や国力を表しているかのようだ。床几(しょうぎ)に腰掛けていた男───小国の総大将たる野心深い大名は、盃を投げ付けても尚、収まらない手の震えに歯噛みする。
昼日中だというのに薄暗い天幕内には最低限のあつらえしかなく、机上に広げた地図に乗った駒の配置を視界の端へ映せば、再び怯えから身を竦ませた。

「いや、しかし斥候の報せによれば、敵は魔王率いる本隊のみ。おのれ信長、我が国を侮りおって…!かくなる上は、我が軍の兵力全てをもってあの男の首を刈り取ってくれる」
「─────…いいえ、それはどうでしょう」

完全にコケにされていると考えた大名が、地図の上の朱色の駒を鋭く睨みつける。敵の数は織田信長本人が率いる本隊三千のみ。斥候からその情報と配置を知らされていた時から、燻っていた怒りをぶつけるが如く片足を踏み鳴らす男の元へ、涼やかな声がかけられる。
傅いたまま低頭していた武将が、天幕の入り口から聞こえて来たその声にそっと眉根を寄せた。足音を立てないまま緩慢な足取りで武将の隣に立った男は、長い白藍色の髪を揺らして微かに首を傾げてみせる。切れ長の冷たい目は色素の薄い灰色で、戦場の只中だというのに着崩した着流しをまとった男は幽玄の如く浮世離れした美貌に微笑を乗せ、長い睫毛を伏せた。

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