第18章 響箭の軍配 壱
まったくの他意もなく言い切られてしまうと、家康とて些か複雑な気はする。彼女の発言は親しい友人のような関係に向けるそれに近しく、決して特別な人、という意味ではない。小さく溜息を漏らし、家康は半眼になってしまった眸を凪へ向けた。
「…あんた、他の男相手にそういう事はあんまり言わない方がいいよ」
「なんで?」
「勘違いされるから」
「そこまで親しげじゃないのにって?」
「……まあ、うん。そういう感じ」
まったくの見当違いだが、訂正するのも面倒なので家康はさっくりと彼女の発言を流す。慣れると存外人懐こいところのある凪の性格を知っているからこそ、家康は妙な勘違いなどしないが、他の都合が良い解釈をする男達ならば脈ありと思って色んな意味で過剰になる場合もある。何にせよ変なところで鈍い彼女をしばらく眺めていた家康だったが、手元の書簡を見てちらりと凪へ視線を移す。
「今から薬の在庫を確認する。あんたも手伝って」
「分かった」
歩き出した家康の後を追うよう、意気揚々と頷く凪が隣に並ぶのを見て、家康は誰にも気付かれぬようにそっと口元をほんの僅かばかり綻ばせたのだった。
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時期は七月の上旬。夏真っ盛りと呼ぶにはまだ気が早い時期とはいえ、湿気が溜まりやすく蒸し暑い季節。陣を敷いた初日は幸いそこまで気温が高くもなく、山中は日陰が多い事も手伝って多少なりの涼を得る事も出来る。
数日前に訪れたばかりの小国は一見すれば何の変わりも見えないようだが、視察の折に一夜の宿を借りた麓の小さな町は住人が皆避難をした後だったようで、偵察の報告を耳にした光秀は内心安堵を漏らした。
視察の折に懸念した通り、今回の戦の主な舞台となるのは、あの光秀が念入りに地形などを確認した山やその麓である。
山中戦となる事がほとんど必須となる今回において、本陣と後衛の布陣が肝となる事は明らかだ。
「光秀様、伝令からの報せです。本陣となる信長様が予定の位置に陣を敷かれたとの事」
「ああ、信長様の事だ。おそらく俺の策をお耳に入れた時点である程度の狙いは把握されている事だろう。引き続き、俺が事前に知らせた道に沿い伝令を走らせるよう伝えておけ」
「はっ」