第18章 響箭の軍配 壱
凪が示した方向では医療兵や光秀の隊に所属している兵達が不安定な場所での天幕張りに苦戦を強いられていた。緩やかな傾斜と言えど、紐の張り具合の調整が上手く行かなければしっかり立てる事が出来ない。やれ向こうを引っ張れ、そっちを引っ張れと言い合っている男達の姿を視界に収め、光忠は双眸を至極面倒臭そうに眇めた。
「………光秀様の部隊ともあろう者共が、まこと情けない」
「じゃあ光忠さんが手伝ってあげてくださいよ」
「…………」
呆れた眼差しを送られているとも気付かない男達は、未だに不安定な天幕との戦いを繰り広げている。吐き出したそれへむっと眉根を寄せた凪は、隣の光忠へ向き直ると端正な男の顔を見上げた。じっと見上げて来る彼女の黒々とした眸を見つめ、しばしの間無言を貫いた光忠に対し、凪はとどめとばかりに言い放つ。
「出来ないなら仕方ないですけど」
「……お前、そのような稚拙な言い回しで私を煽っているつもりか」
「別にそんな事ないでーす」
出来ないなら、という明らかな煽りの台詞に光忠の柳眉が顰められる。些か据わった菫色の目で凪を見れば、彼女はしれっとした様で身体ごと外方を向き、目的の天幕へ歩き出した。医療部隊用の物資を置く天幕内へ入り、そこで整理をしていた顔見知りの兵へお疲れ様です、と声をかけ、持っていた荷物を渡す。明らかに眉間の皺を深めている光忠も無言のままでそれに続き、荷物を天幕内で引き継がせた。
物資保存用天幕を出た丁度その時、正面から物資のリストが記載された書簡を手にした家康がやって来る。凪の姿を認め、藍白(あいじろ)の上着物に襷(たすき)がけされているその襷が、先日の訓練で自身が渡した淡黄色(たんこういろ)のものである事に気付き、家康は微かに目を瞠った。
それ以外にも、今日の凪は小袖姿ではなく、下は裾が広がる形の瑠璃紺(るりこん)色の袴である事に気付く。小袖よりは動きやすく、いざとなれば騎乗出来るその格好は凪の提案であり、光秀が急遽仕立てさせたものだった。
弓道でも袴は履き慣れている為、凪もその方が裾や足回りを気にせず楽なのである。