第18章 響箭の軍配 壱
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─────安土城で軍議が開かれてからおよそ二日後、安土の隣国であった小国との国境にある山ヘ陣を敷いた織田軍後方部隊、いわゆる殿(しんがり)の位置となるその隊の面々は忙しなく動き回っていた。
通常、陣を敷くのであれば大人数の収容が可能な開けた平地や平原などといった場所へ天幕を広げる。しかし此度の戦における主な策を信長へ献上した光秀は、その通例を取らなかった。
死角の多い山、その中腹に殿の陣を置いたのである。材木を扱う商家が広範囲で伐採を終えたそこは、高い木々が全て切られており、地面は幾分緩やかに傾斜しているものの、天幕などを張るには申し分ない開けた場所だ。が、前述の通り地面が若干傾斜している為、丸いものなどは容赦なく転がって行く。
「わ、転がった…!」
抱えた荷物の天辺に積んだ包帯の籠が蓋をされた状態で落下し、軽い振動と共にころころと転がった。慌てた様子で声を上げた凪の傍で、呆れた風に眉根を寄せた男がそれを片手で拾い上げる。
「まったく、何をしている。そもそも一人でそれだけの量を持つ方が効率が悪い」
「…皆忙しそうだし、荷物を運んだら他の天幕張るのも手伝ったりしないと」
凪が手にしていた荷物を一瞥し、瞼を伏せて微かな吐息を溢したのは光忠だった。光秀の隊の一員として従軍した彼は、今回、主君である光秀から直々に凪の護衛につくよう命じられている。てっきり不服を溢されるかと思ったが、思いの外光忠はあっさりとそれを了承した。
彼女の手から半分以上の荷物を軽々受け取り、凪の隣に並んで歩いている男は、その言い分を耳にして再度吐息を漏らす。
「天幕などお前が近付いたところで邪魔になるだけだ。大人しく炊き出しの準備でも手伝え。明日の夜明けには開戦となる。不要な体力は使うな」
「でもほら、地面が斜めだからちょっと手こずってますし…」