第4章 宿にて
文机の灯りは眠る凪と、その隣に座する光秀のところまでは当然届かない。九兵衛が二人から少しばかり遠目に取った距離で再び正座をすると同時、光秀がまるで凪の寝顔を隠すかのごとく、至極自然に腰を下ろした位置を、横にずらす
形で移動して部下へ振り返った。
そこそこ長い付き合いとなる主の意外な行動と、その意図を察した九兵衛は内心で驚いたように目を瞠るも、心の内にそれを留める。
聞いたところで、この食えない主がのらりくらりとかわす事など分かりきっていた。
「既に摂津へ入っておりました斥候ですが、二名が何者かの襲撃を受け、致命傷とまでは至りませんでしたが一時退却を余儀なくされております。口のきける者の話によれば、摂津で集められた米は別の場所へ流れているらしいとの事でした。…流れた先までは、いまだ辿り着いてはおりません」
「…そうか。やはり摂津は本筋を隠す為の隠れ蓑といったところだろうな。明日には俺も摂津へ入る。予定通り、現地で人伝に噂を広めておいてくれ」
九兵衛の報告を耳にし、傷を負ったという斥候隊の部下の顔を思い起こして内心で眉根を寄せた。命がある事がせめてもの救いであるが、自身の指示でそのような結果となった事実は否めない。
表向きには部下の傷を案じる色などおくびも出す事なく呑み込んだ後、報告と自らの憶測がおおよそ合致している事実に、指先を顎へあてがいながら頷き、目の前の部下を見やると口元へ笑みを乗せた。
「…誠によろしいのですか?」
伺う色を隠さず、九兵衛が静かに問い掛ける。
主の答えなど分かりきってはいたが、やはり再度問わずにはいられなかった。
そんな九兵衛の内心を悟りながら、光秀はそれでも余裕めいた笑みを絶やすことなく鷹揚に頷く。
「承知致しました。ではそのように手配致します。…恐れながら、凪様もこのままお連れになられるのですか?」
「そのつもりだ。敵がどこまでの立ち回りを仕掛けるかは分からんが、一人にさせるよりは傍に置いた方がいいだろう」
「…町中でおひとりにさせた貴方様がそれを仰いますか」
サラリと言ってのけた主に対し、吐息混じりの言葉が漏れた。
つい数刻前、右も左も分からない凪を町で置き去りにした本人は双眸を意外そうに瞬かせ、九兵衛を見つめる。