第17章 月に叢雲、花に風
武将達が居並ぶ中、末座へ控えた凪を含めた軍議は、上座の信長が腰を下ろすと共に、光秀から仔細が語られた。
今回の敵は、以前から安土へ数多の間者を送って来ていた織田傘下の小国。山深く目立った特徴もない、どちらかといえば弱小の田舎であり、術計の宴において凪を嵌めようとした、支子(くちなし)の君が元々仕えていた大名が治める国だ。
そもそも小国の大名は、三年前に起こった有崎城の戦いで信長が謀反を起こされた事をきっかけに野心を抱くようになり、そこから虎視眈々と間者を放って内側から突き崩す作戦を取っていたという事だった。
それというのも、弱小で兵力も然程持たない小国が、数多の傘下と優秀な武将を有する織田軍に真っ向から勝負を仕掛けたところで、勝ち目がないと踏んでいた為である。
これまでは幾度も間者について目を瞑り、あるいは逆に利用する形でやり過ごしていたが、先日支子の君が捕らえられた一件で、もう既に後がないと諦めたのか、此度の挙兵に至ったという経緯が推測されるとした。
淡々と抑揚のない調子で告げていた光秀は、無言のままに耳を傾けていた面々をぐるりと見回した後、だが、と短い切り返しを加える。果たして一体何事かと身構える武将達の視線を受けつつ信長へ視線を向けた光秀は、その眼に些かな獰猛な色を過ぎらせ、薄っすらと笑みを浮かべて見せた。
「ここまでの推測であれば、ある程度情報を掴んでいれば容易に辿り着ける事。この先は、私のみが知る此度における戦の裏をお話致しましょう」
「…ほう?あの小物がまだ隠し種を持っておったか…面白い。光秀、続けろ」
男が口にしたそれは実に冷ややかであり、常人であれば竦み上がってしまう程の威圧感がある。当然それにあてられたとて動じる素振りのない信長が手元の鉄扇をぱしん、と片手の平へ打ち付け、口角を持ち上げた。歯牙にもかけていなかった小国が何事かを隠しているというのは意外であり、なかなかに愉快だ。何故なら、今回のそれは普通に戦を仕掛けたところで織田軍の勝利は過程を見ずして結果が分かってしまう程の、些細な小競り合いに過ぎない。
短い相槌を打った光秀が一度瞼を緩慢に伏せ、金色の瞳を静かに眇める。口元こそ笑っているが、その目が笑っていない事は誰しもが気付いていた。