第17章 月に叢雲、花に風
────失敗はお前次第で学びに変えられる。
いつかの夕暮れ、少年に向けて光秀が口にしていた言葉を思い出し、凪は意識を切り替えるよう俯きがちだった顔を上げる。その様子を無言のままで見守っていた光秀は、顔を上げた彼女の面持ちから憂いが払拭された事に気付いて何処か眩しそうに眼を眇めた。やがて一度瞼を伏せた後、おもむろにそれを持ち上げて緩やかに口角を上げる。
「お前は抜けているところがあるからな」
「……それは否定出来ないですけど」
「もし何かあったとしても、俺なら上手い言い訳のひとつやふたつ、用意するなど造作もない」
「次があったとしたら自分で頑張って何とかします」
からかい混じりの声に顔を上げ、凪が光秀を見上げる。
口元に刻まれた笑みは冗談めかした色を帯びていたが、凪への気遣いが確かに見て取れた。揺らがぬ自信を覗かせた男の言い草に、つい乗せられるようにして軽口を叩けば、金色の眼が面白そうに眇められる。
「ほう…?どんな小芝居が飛び出すのか、楽しみにしているぞ。名役者」
「絶対馬鹿にしてますよね!?摂津で大根って言われたの覚えてますから…!」
「物覚えがいいとは感心だ。その調子でおつむを少しでも重くしておけ。嵐が移り住んで来る前にな」
「えっ!?あの人ここに住む気なんですか…!?」
いつもの応酬をしながら辿る部屋への道のりはあと僅か。
重い足取りが一気に軽くなった事へ気付いた凪は、笑みを刻む光秀の横顔を見やる。意識を向けていると、不意に相手が凪の方へ視線を流した。ばちりとぶつかったそれへ小さく跳ねた鼓動を抑え付け、凪は繋いだ手を離そうとする。
刹那、強まった指先の力に赤くなりかけた耳朶を髪で隠し、二人の姿は自室へと消えて行ったのだった。
───────────────…
────翌日、事態は急速に動いた。
光秀が放っていた斥候が戻り、とある国が挙兵したとの報せがもたらされたのである。急ぎ信長へ伝えられたその情報により、安土城へ急遽武将達と、そこに加えて凪が招集を受ける運びとなった。
凪が乱世へやって来て、実に三回目となる軍議であり、正真正銘、本格的な戦をする為に開かれたものである。