第17章 月に叢雲、花に風
手を繋いだまま凪の歩調へ合わせつつ歩いていた光秀が、彼女の方へ顔を向けて短い相槌を打つ。真っ直ぐに見上げて来る黒々とした眼を見つめ、彼は口元に穏やかな弧を刻んだままで正面へ向き直り、ふわりと瞼を伏せた。
廊下の隅へ置かれた行灯の灯りがゆらゆらと揺れる。橙色のぼんやりした灯りと共に浮かび上がった二人の影がぴたりとくっつきながら襖へ映り込んだ。
「お前は自分で思っている以上に分かりやすい」
「でも、多分家康は気付いてませんでした。…光忠さんは分かりませんけど」
家康、と彼女が口にしたその呼称にそっと瞼を持ち上げ、ぽつぽつと紡ぐ凪を見る。凪はどうやらずっと光秀の横顔を眺めていたのだろう、純粋な疑問を孕んだ眼へ視線を合わせて、光秀は微笑する。
「表情を読み取るのは俺の得意分野だ。お前の感情一つ読み取れないようでは、護衛など務まらないだろう」
「それって護衛関係あります?」
「当然だ。……お前からは目が離せない」
本当は、努めて明るくしていた。
家康に貰った言葉はどれも嬉しかったし、喜んだ事は事実だ。しかし、同時に後悔が過ぎる。後悔などしないと決めているというのに、自分一人ではなく、周りの誰かを巻き込んでしまった事実が重く凪に伸し掛かった。
家康達に【目】を知られたくなかった訳ではない。ずっと隠して行く事が難しいと思ってもいたし、信用出来る。光忠にしては予想外だったが、光秀の重臣だというならきっと大丈夫だ。
だが、それは単なる結果論に過ぎない。二人が偶々秘密を共有出来る相手だったから良かったものの、万が一そうでなかったとしたら。
(もっとちゃんと、訓練だけじゃなくて、この時代そのものに向き合わなきゃ)
いつまでこの時代に居るのかは分からないが、ここに居る以上、覚悟を決めなければならない。乱世において戦はどうあっても切り離す事の出来ない存在だ。凪は脳裏へ蘇った光景を思い起こし、繋いだ指先へ小さく力を込める。光秀達の訓練を目にした時、受け入れなければならないと思った事は偽りではない。