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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第17章 月に叢雲、花に風



「名前くらい普通に呼ぶでしょ。……別に、あの男に言われたからって訳じゃないから」
「分かってます。…呼んで貰えて嬉しいです」

光忠に煽られたからではない、とあくまでも主張する家康の顔は至極複雑そうである。光忠の事を思い出したのだろう。眉間を思い切り顰めて嫌そうな表情を浮かべた目の前の家康を目にして、凪は思わず小さく笑いを溢した。くすくすと鈴が転がるような控えめな笑いは耳に心地よく、家康の鼓膜をさざなみのように震わせる。

「………間抜けで呑気で、やっぱり悪運の強い女」
「急に何で悪口…!?」

綻ぶ彼女の顔が月明かりにそっと照らされた。日焼けしにくい体質なのか、白い肌を保った彼女の頬はとても柔らかそうで、つい目を惹かれてしまう。自らの視線が向かう先を誤魔化すよう、家康が外方を向きながら嘆息と共に溢した言葉へ凪が咄嗟に反応を示した。機嫌良く笑う顔が失われた代わりに、たじろぐ姿を前にして、家康は気付かれぬよう、口元をほんの僅かに綻ばせる。

「……あんたが何者だろうと、どんなに変わっていようと、凪は凪のままだっていう事」
「それって、もしかして今日の…」
「あと、ついでにもう一つ言っておくけど」

特殊な天眼通の持ち主であろうが、何であろうが、これまで家康が目にして来た凪の姿は変わらない。この先も、きっと。言葉の奥底に潜ませた彼の思いを感じ取った凪の眸が微かに揺れた。中途半端なところで言葉を遮った家康が再度口を開き、顔を思い切りふい、と横へ逸らす。

「……別に色気なんてなくても、あんたは普通に可愛いんじゃないの。あくまで一般論だけど」
「……!」

色気が無いことはあっさり肯定されたものの、可愛いと告げられたそのたった一言が家康から紡がれた事実は、普通に他の誰かから色気があると言われるよりも素直に嬉しかった。
驚きと仄かな羞恥に耳朶を微かに染めた凪が目の前へ意識を向ければ、顔を逸らした家康の耳朶もほんのりと赤くなっている事が見て取れる。

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