第17章 月に叢雲、花に風
その後、光秀は凪と共に光忠、家康の二人へ彼女が持つ不可思議な【目】について説明をした。
強制的にいずれかの未来が垣間見える事、自主的にその場から視野の範囲までならば遠方の遠見が出来る事。時折凪自身の補足を入れつつ、実際に摂津で彼女の見た光景が現実となった事を交えて話し終えた後には、驚きを露わにした二人の姿が残る形となった。
「にわかには信じがたい話ではありますが、光秀様が実際に体験されたというならば、偽りではないのでしょう。それにしても、この何の変哲も色気もない女が【天眼通(てんげんつう)】を持っているとは…なかなか世も末だな」
「色気は関係ないです」
話の過程で光秀の傍から自席へ戻った凪は、顎に片手をあてがいつつ目を細めた光忠に憮然と言い返す。
「鼻といい、目といい…あんたとことん変わってる女だね」
「鼻の事は今は触れないでください…」
些か呆れた眼差しを向けてくる家康の、いつも通りの突っ込みへ安堵しつつ、光忠の前で鼻の話は持ち出されたくないと彼女は身を小さくした。
話を終えた後でも、二人は存外普通の態度である。それが実際にそこまで驚いていないのか、あるいは凪に気を遣ってくれているのか定かではないが、変わらぬ態度は少なくとも凪を安堵させた。
当初よりも表情が柔らかくなった凪の横顔を視界の端に捉え、光秀も幾分安堵を抱く。その傍らで先程彼女が【見た】という光景を脳裏に刻む中、しばらく思案した様子の光忠が納得したと言わんばかりに一つ頷いた。
「なるほど、光秀様御自らが護衛についておられるのはその為でしたか。確かに先程の件に加え、予見が敵に知れれば厄介な事になるでしょう」
「それだけではない。天眼通は知られていないだろうが、凪は毒将、中川清秀殿にも目をつけられている」
中川清秀については光忠も知っているらしく、些か驚きを示して菫色の眼を見開く。思いの外厄介な問題を抱えているらしい凪の姿を一瞥してから、そっと溜息を漏らした。
「あの性悪男、生きていたのですか」
「性悪のあんたに性悪って言われてるんだから、相当だね。その中川って男」
「……なにか仰いましたか、家康公」
「別に」