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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第4章 宿にて



さすがにこの暗さでは書をしたためる事は出来ない為、目を通すに留めた彼は、文を小さく折りたたむと指先でつまみあげ、隣にある燭台の火へそれを焚べる。
じりじりと微かな燃焼音を立てて焼け焦げ、形を失くしていく様を見つめていた光秀は、やがてそれが完全に燃え尽きる前に紙から手を離した。橙色に呑み込まれて消えていった文を見届けると、ふと視線を暗がりへ流す。

文机から距離のある部屋の端で穏やかに上下する着物を目にし、冷たい目許に温度を宿した。
あれだけ同室を拒んでいたのだから、緊張で眠れないなどと言い出すかと思ったが、それはまったくの杞憂であったらしい。

「…やれやれ、部屋へ通された時はあんなに毛を逆立てて警戒していたというのに。素直に寝入ってしまうとは、まったく可愛らしいものだな」

言葉とは裏腹に彼の声色には呆れが含まれていなかった。
どちらかと言えば、眠れている事に安堵しているような響きを残して瞼を伏せ、吐息混じりの笑いを零すと音を立てずに立ち上がる。
足音を立てぬまま自身の使う褥を越え、眠る前に凪が境界だと言った例の座布団の向こうへ躊躇いなく足を進めた光秀は、今夜の宿における凪の領域へと無断侵入し、彼女が眠る褥の横へ腰を下ろした。

「お前の示した境目など容易く越えてしまったぞ、小娘。…そもそも男を警戒するならもっと頭を回す事だ。拒まれれば追いたくなる性(さが)というものをよく理解しておくといい」

凪の意識が浮上しないよう、小さく低めた声色には微かな揶揄が混じっている。
その性はその他大勢の統計論であるのか、あるいは自身のものであるのか。答えを問うものが居ない空間で、不意に褥の中の凪が小さく身じろいだ。

「…ん、」

高枕に慣れていないのか、寝心地の良い落ち着く場所を求めて寝返りを打った彼女の口から微かな音が零れる。
傍らに腰を下ろした光秀の方へ身体ごと向けた凪は、特に起きる事なく穏やかに寝入っていた。

「無防備な事だな」

小さな呟きは夜の静けさに溶けていく。
暗がりの中ではあるが、夜目の効く金の眼はこちらへ振り向いた眠る凪の顔をしっかりと捉える事が出来た。光秀が目にした彼女の表情は警戒から来るであろう顰め面と、からかいによる羞恥混じりの怒った表情ばかりだった。

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