• テキストサイズ

❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第4章 宿にて



「……そうか」

ただそれだけの短い相槌の中に、どれだけの感情が込められていたのか、凪には当然知る由もない。
少し離れた燭台の灯りを背にした男の表情が、光の影を帯びて口許だけを認識させた。目元をのぞむ事は出来なかったものの、凪には今、光秀がとても嬉しそうな顔をしているように見える。
人を食ったような笑みでも、揶揄や皮肉でもない、穏やかな安堵は彼女の視線を暫しの間、奪った。

(この人、本当はきっとそういう顔で笑うんだ)

光秀の本心にほんの少しだけでも触れたような気がして、凪は見開いた双眸を瞬かせる。心の底がじわりと暖かくなった気がして、自身の胸へそっと手を当てた。
やがて質問の答えをすべて述べた事に安堵し、またそれ以上の詮索もなかった事から、羽織が皺にならぬよう気遣いつつ再び褥へ寝転んだ。

「じゃあ、今度こそおやすみなさい。…光秀さん」

必要時しか積極的に呼ばれないと自覚していた光秀の、その名を控えた調子で呼んだ彼女が、再びくるりと背を向ける。
高枕に乗った小さな頭を見つめていれば、凪はやはりこちらを見ることなく、些か眠たげに言葉を投げた。

「そこの座布団からこっちが私の領内ですからね。無断侵入禁止ですよ」

座布団とは少し前まで彼女が使っていたものの事で、光秀の褥の傍へとそのまま置かれている。
境界を示すらしいその座布団を見やり、禁じられれば立ち入りたくなるものだ、と口をついて出かかった言葉を男が呑み込んだ。今はどうしてか、凪から拒否するような意の音を耳にしたくはなかった。
だからこそ、せり上がった揶揄を奥へと押し込め、苦笑とも取れる笑みを刻んで腕を組む。

「ああ、約束しよう。この境界は今しばらくは侵さない」

吐息と共に夜闇へ溶けたそれは、凪に対して言ったものであったのか、あるいは己の心に対してのものだったのか、音にした光秀自身にも今は分からなかった。


──────────…


─────草木も眠る夜半。
一つの燭台の灯りをだけを頼りに文へ意識を落としていた光秀は、そこに記された内容へ双眸を冷たく眇めた。
温度のないそれはどことなく険が含まれており、あまり良い内容ではない事を暗に示している。

/ 903ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp