第17章 月に叢雲、花に風
「度数が高い、低いくらいの呑み分けは効く。後は大体同じだ」
「………光秀さんって、本当に酔わないんですか?」
度数以外、味は同じ認識だという光秀の返答へ驚いたように眼を瞬かせ、ふと思った事を怪訝な面持ちで問いかけた。まだそこまで光秀が酒を飲んでいる場面を見た事はないが、いずれもそこそこのペースで呑んでいるような気がしたけれど、酔っていると感じた事は一度もない。
眉根を寄せて疑問を露わにする彼女を見やり、静かに盃を置いて箸を取った光忠は小鉢へ手を伸ばしつつ口を開く。
「光秀様が酔われている姿は我々でも目にした事がない。…実際に酔っておられたとしても、そうは弱った姿はお見せにならん。……ところで凪、傍に居るなら丁度良い。光秀様へ豆を食べさせて差し上げろ」
「なんでこの子がそんな事しなきゃいけないんだよ。しかもあんたの命令で」
「…何故本人ではなく家康公がお止めになるので?」
(また始まった…!?)
光秀が帰って来る前に繰り広げられていた展開が再びやって来るのかと身構えた凪を他所に、光秀は面白そうにそのやり取りへ視線を流す。明らかに眉間を顰めた家康と、にやにや口元を笑ませている光忠。両者の間で火花が散る中、はらはらと見守っている凪へ意識を戻した光秀が小鉢を膳から取る。
「光忠に留守居を任せている丹波は俺の領地だ。その丹波で有名と言われるのがこの黒豆という訳だ」
「丹波の黒豆…!確かに有名ですね。豆は身体にも良いですし、あと普通に美味しいです」
目の前に運ばれた小鉢を見やり、表面が艷やかで通常の黒豆よりも粒が大きなそれを見て、凪が顔を上げた。凪が黒豆の存在を知っているという事は、後の世でも丹波の豆が残っているという事なのだろう。それが何処となく面映ゆく、箸を取って器用につまんだ豆を凪の口元へ運んだ。
「あの男は身体を健やかに保てとなかなか煩くてな。俺の元へ訪れる度、こうして無理矢理豆を食わせようとして来る」
「それは光秀さんの身体の事を考えて…って、何で私の口元に持って来るんですか!」