第17章 月に叢雲、花に風
なにせ相手は嵐である。横雨は角度によって軒下では防げない。二人のやり取りを見ていた家康も、光秀の言い分に半分賛成しながら溜息を漏らす。その様を目にして光秀が家康に向け、家臣の非礼を詫びるよう穏やかに口を開いた。
「すまないな、家康。俺の家臣が無礼な振る舞いをした」
「いえ、俺は別に気にしてません」
「光秀様、何故私が無礼を働いたとお決めつけに?」
「お前の性格は手に取るように分かる」
「なるほど」
光秀の視線を受け、家康本人としてはそういった事を気にしていた訳ではない為、瞼を伏せて静かに相槌を打つ。
それまでの様子を静観していた光忠は、特に言い訳をするでもなく笑みを刻んだ状態で問いかけるが、にべもなく返された主君のそれへ肩を竦めるに留めたのだった。
(………なんか、不思議な組み合わせだな)
光秀と光忠と家康。それぞれ性格が些か濃い面々が一堂に会すると、ここまで摩訶不思議な空間になるのか、と驚きを通り越して感心すらしてしまい、凪は内心でそんな事をぼやきながら苦笑を零す。
「光忠、お前は俺と凪の機嫌が良い時に来ると言っていたが……この顔は機嫌が良さそうな顔か?」
そう言いつつ、光秀は傍に居る凪を光忠の方へくるりと向き直させ、後ろから軽く抱きとめる形にしたまま、指先で苦笑していた彼女の柔らかい頬をやんわりつまんだ。
「ちょっと…!?」
ふにふにと柔らかさを確かめるよう頬を数度つまんだ光秀に対し、凪は文句を言いたげな様子で眉間を顰め、上目で光秀を軽く睨む。目の前で頬をつまむ主君と、つままれている、いわく護衛対象の姿をじっと眺めた男は、やがて悪意など微塵もなさそうな笑みのまま言ってのけた。
「色気のない顔ではありますね」
(はあっ…!?)
別に自分自身に色気がふんだんにあるかと言われれば、正直自信はないと言うかもしれないが、よく知らない相手にはっきり断言されるとさすがに腹も立つ。それが光秀に面立ちが似ている相手であれば尚更の事で、密やかに胸の奥底で燻る苛立ちについ凪の黒々した目が半眼になった。