第17章 月に叢雲、花に風
加えて、不思議そうな凪の視線が光忠の肩越しに向けられ、胸の内で小さく鼓動を跳ねさせると動揺を打ち消すかの如く瞼を伏せる。
「別に、特に理由はない。あんたに指摘されるような事じゃないでしょ」
「これは大変失礼致しました」
家康の言葉はあくまでも淡々とした落ち着いたものだった。瞼を伏せる相手の面持ちをしばらく見つめた後、光忠も同じようにして瞼を閉ざし、軽く頭を下げる形で非礼を詫びる姿勢を取る。
何故か出会って数秒で一触即発状態となった家康と光忠を見つめ、どうしたものかと内心で思案を巡らせていた凪だったが、ひとまず二人に茶でも出した方がいいかと思い当たっておもむろに腰を上げかけた。が、先程光忠によって身分を訝しまれた事を思い出し、すんでで思い留まる。
(普通の姫ってお客さんに自分でお茶出したりしないよね…家臣の人に頼むのが普通なのかな…)
下手に疑われて光秀に迷惑をかける訳にもいかないと考え、凪は取り敢えずこの気まずい空気を払拭する術を考えるべく、視線を畳の上へと投げた。普段の明朗とした姿とは異なる凪の姿が、沈んだ調子の様子につい見えてしまった家康は微かに翡翠の双眸を眇めつつ光忠を見る。
「………それで、光忠。あんたは光秀さんの家臣なんだろ。それが無断で主君の部屋へ上がるなんて、どういうつもりだ」
ちなみに家康は御殿へ至った時、元々凪への用事だと家臣へ申し伝えている為、この部屋へは普通に通されたという経緯がある。しかし、光忠はそもそも光秀の一家臣という立場であり、いかに従兄弟の間柄と言えども、主君不在のまま部屋で待つというのはかなり無礼にあたる。
凪と接触していた事もあり、目的を探るような眼差しで光秀と酷似した顔立ちの男を見据えれば、彼はただ家康の鋭い視線をひらりと躱すかのごとく優雅に口元へ弧を刻んだ。
「それは我が主君が咎めるべき事。私は家康公の家臣ではございません故。……それに、家康公が問いたいのはそのような事ではなく、私が凪に何をしていたかをお訊きになりたいのでは?」
「……あの人の家臣の割に、随分躾がなってないね。話を都合良くすり替えるところも光秀さんそっくりだ」
「光栄の至り」
「褒めてない」
(この二人もしかして…すっごく相性悪い!?)