第17章 月に叢雲、花に風
「これで許さぬ女はいなかったんだが、変わった女だ」
「貴方の価値観が可笑しいんじゃ!?」
一体どんな環境で育ったらこの男の価値観や倫理観のようになるのか。皆目検討がつかないと言わんばかりに凪が突っ込んだところで、一度払われた光忠の指先が再び彼女の顎を捉えた。侮蔑や嫌疑といった色ではなく、綺麗な菫色の眸に今度は明らかな興の色を乗せ、男が顔を近付ける。
「本当の事だ。男も女も私の顔でもってすれば落とせぬ者は居ない────…故に、私はそういう輩に興味がない。上っ面しか見ていないと、分かるからな」
「…っ、それ…って」
ほんの一瞬、光忠の顔が歪んだ気がした。すぐに余裕を見せる笑みへ切り替わってしまったが、凪は確かに、目の前に居る男が僅かに漏らした本音を耳にした心地になる。何かを口にしようと彼女が小さく息を呑み、それから口を開きかけた瞬間、閉め切られていた筈の襖がそっと開けられた音に、びくりと小さく肩が跳ねた。
「─────…は?」
聞き覚えのある声色は動揺というより、呆気に取られたような色を短い音に込めている。男の肩越しに見えた姿へ目を見開き、凪がついその名を呼んだ。
「家康さん…!」
光秀の自室へ訪れたのは包みを持った家康である。珍しく来客頻度が高い光秀の自室で、部屋主だけが不在という至極不思議な空間の中、現場を目撃した家康が凪の声で我に返った。
「ちょっとあんた、その子に何してるの。さっさと離れなよ」
「……これはこれは」
家康の登場にも、光忠は動揺していないようである。それどころか些か棘のある声色の家康に対し、面白そうに口角を持ち上げた男は凪の輪郭をするりと片手で撫ぜ、緩慢に背後を振り返った。
「!?」