第16章 掃き溜めに鶴
「見てください…!結構いい感じに出来ましたよ!」
「まあ甘く見て及第点といったところだな」
「でも最初より全然ましです」
様々な障害を乗り越えた末の達成感についテンションが上がり、凪はそのまま背後に居る光秀へ振り返って笑顔を見せる。自信有り、と言わんばかりの様子に口元を綻ばせ、光秀が手元を覗き込めば、確かに最初よりも上達した文字がそこにあった。素直ではない褒め言葉を発した後、むっとする凪を一瞥してから男は黒文字で梨を刺し、それを引き結ばれた彼女の唇へ運ぶ。
「では約束通り、褒美をやるとしよう。良い子に飴を与える事も時に肝要だ」
「それ元々私への差し入れって言ってませんでした?」
「無理矢理詰め込まれたいなら、最初からそう言え」
「いえ!貰います…!」
愉しげに双眸を眇めた光秀が差し出したご褒美を見やり、彼女は若干半眼になった。しかし男の笑顔が更に深まった事へ危機感を覚えると、そのまま素直に口を開いて梨を食べる。
梨は相変わらず甘い。緊張によって速まる鼓動はいまだ完全に落ち着いた訳ではなかったが、口内に広がる甘みはゆっくりと凪の身体から力を抜いてくれるかのようだった。
「美味しい。浅次郎さんって、今日の訓練参加されてましたよね。後でお礼言わなきゃ」
瑞々しい梨が唇に触れた事で機嫌良く笑んだ彼女の唇は、幾分艶を帯びている。濡れたそこへつい視線をやると、それがあの宴の夜に路地裏で交わした口付けを思い起こさせた。
凪が夢だと思っている、あの一夜の出来事が現実だと伝えたら、彼女の鼓動はどう変わるだろう。手を握り、身体を触れさせ、囁きかけるだけで忙しなく動くそれが、自分の手で変わる様を見たくて、光秀はしばし笑みを消した表情のまま凪を見つめた。
「……光秀さん、どうかしました?もしかして、足痛くなりましたか?一旦私、退いた方が……──────」
何も言わない光秀に対し、不思議そうに双眸を瞬かせた凪が僅かに首を傾げる。別の懸念を過ぎらせたらしい彼女が、一度光秀の元から離れようとした瞬間、男の手が彼女の片頬へ添えられ、そのまま端正な面が近付き、言葉を奪った。