第16章 掃き溜めに鶴
「…お邪魔します」
一応人の膝の間に入るという事で断りを入れてから、渋々といった様子で光秀の胡座の中へ腰を下ろす。正座はさすがに出来ないので、横へ足を流す形で座り、相手へあまり負担のかからない位置へ調整した。
すっぽりと光秀の胡座の中へ収まった凪は背後から改めて見ると小さく華奢だ。前へ腕を伸ばせば、広い胸で包んで隠してしまえる程の彼女を見つめ、光秀はしっとりとした髪へ微かに唇を寄せ、瞼を伏せつつ囁き落とす。
「こうしていると雛鳥を庇護する親鳥の心地になるな」
「……じゃあ普通の体勢にします」
凪は背後で光秀が髪に唇を軽く寄せている事を知らない。故に落とされたそれが、庇護欲を無性に刺激されての発言というより、小馬鹿にされたようなものだと受け取ったらしく、むっとした様子で胡座から出ようとした。
「こら、大人しく良い子にしていろ」
しかしすぐにそれは光秀の片手で頭部を軽く押さえられる事により、容易に阻止されてしまう。仕方なく脱出を止めた凪は、むっとしたままで眉根を寄せるも、次いでかけられた言葉に意識を戻した。
「それで、何を教えて欲しいんだ」
「あ、えっと…これなんですけど…」
文机の下に置いていた本を取り出し、それを光秀へ見せる。後ろに居る相手へ見えるよう、軽くページを捲ってみせた様を目にし、光秀は納得した様子で相槌を打った。
「家康から渡されていたものか。処方に関するものなら、確かに漢字も多いだろうな」
「そうなんです。一通り目を通しておいてって言われたんですけど、漢字がまったく読めなくて」
「逆に薬の名が分かれば、どういった処方のものか分かるのか?」
「私が知っているものだったら、大体は分かるかもしれないです」
漢方は当時の薬名がそのまま使われているものも多い。配合が異なる場合はさておき、見知っているものであれば薬名さえ把握出来れば対応出来る。凪の主張に感心した様子を見せた光秀は、彼女が開いたページに書かれているものへ意識を向けた。
「試しに、これとか」