第4章 宿にて
無意識の内に緊張していたのだろう、渇いた喉をぬるい茶が潤してくれる感覚が心地よくすら感じた。
(バッグ持ってかれた時は焦ったけど、あれが決め手になったっぽいし、良かったかな。…それに、もう疑ってないって言ってたし)
本当は心のどこかで安堵している。
佐助という現代人仲間が居てくれて、とても心強い事は確かだが彼はいつでも会える訳では無い。忍として武将に仕えているという佐助に迷惑をかけるわけにもいかず、基本的には凪の力で三ヶ月を乗り切らなければならないと思っていたのだ。
大きな秘密を抱えたまま、誰かに嫌疑をかけられた状態では息が詰まる。
しかし、光秀に問い詰められた事をきっかけに、凪は抱えていた秘密の一端を明かす事が出来た。
光秀と、彼が安土に帰還したら報告すると言っていた信長は、少なくとも凪がこの時代の人間でない事を解ってくれている。
それだけでも、心の奥が軽くなるような気がして、空になった湯呑みを畳の上へ静かに置いた。
「…あの、質問はこれで終わりでいいですか?」
二人の間に流れた沈黙は思いのほか居心地の悪いものではなかったが、早朝から叩き起されて、かなりの体力を消耗した凪の身体は、緊張感が失われた事により疲労感を訴え始めていた。
無言のままで居る光秀へ軽い上目を投げれば、彼は鷹揚に短い返事をした後、口を開く。
「いや、……そうだな。もう二つ程訊きたい事がある。お前は、元の世に帰る事が出来るのか?」
揶揄など微塵も感じない、真摯な音だった。
凪を案じているかのようなそれを聞き、胸の奥底で何故か小さな棘が刺さったような感覚に、凪自身が虚をつかれる。
「…確実な事は分かりません。でも、来る事が出来たんなら、帰る事も出来るんじゃないかって思います」
嘘が決して気取られぬよう、努めて前向きな風を装って、肩を静かに竦めて見せる。
本当は佐助から三ヶ月後にその兆しが見えると伝えられているが、今それを答えてしまったら、どこから情報を得たのかと探られてしまうだろう。
(佐助くんに迷惑はかけられない。三ヶ月後の事は今は触れないでおいた方がいい)
内心で己を納得させたものの、小さな棘は抜けない。
それは自分の突拍子もない話を信じてくれた光秀に対する、純粋な罪悪感だった。