第4章 宿にて
窺うような凪に対し、光秀は不安を覗かせている彼女の様子に眉尻を僅かに下げて笑えば、組んでいた腕を布擦れの音を立てて解いた。湯呑みを手にして残った中身を一気に煽った彼は空になったそれを畳へ戻す。
味の感じない、ただ最初よりぬるい温度を咥内に残した茶を飲み下した後、穏やかな声色で告げた。
「疑わずに信じろ、と言ったのはお前だろう。自分で言っておいて忘れたのか?まったく、物覚えの悪い仔犬だ。…それに、今の話を聞いて俺も少々納得した部分があるからな」
「納得した事、ですか」
物覚えの悪い、の下りに物言いたげな雰囲気を見せたが、その先の言葉の意図を測りかねた凪が大きな黒の眼を瞬かせる。
「ああ、お前が持って来た荷を拝借し、中身を勝手に改めさせて貰ったが…どれも見た事のない珍妙な品ばかりだった」
「……やっぱり私のバッグ持っていったの、光秀さんだったんですね」
さらりと悪びれた様子もない光秀に対し、当初からあたりをつけていた凪も今更驚きはしない。思わず半眼になって正面の端正な面を見つめ、疲れた様子で呟いた。
「怪しい者の荷を改めるのは基本だろう。…しかし、あれ等が全て後の世のものだとは驚いたな。五百年後の日ノ本は随分と文明が進んでいるようだ」
「それはそうですよ、だって500年後ですし。というか、荷物返して貰わないとちょっと困ります。中身が気になるならちゃんと説明しますから、返して貰ってもいいですか?」
バッグの中には必需品が多数入っている。預かられたままでは色々と不便である事は明白で、ひとまず現物のお陰で未来からやって来たという突拍子もない事実を受け入れてくれたらしい光秀へ、荷物の返還を求める。
すると彼はあっさり頷き、しかし思い出した様子で言葉を付け加えた。
「元はお前のものだ。今は手元にないが、安土に戻った暁には返してやろう。ただし、御館様への報告はさせてもらうぞ。面倒を避けたいなら他の奴らには黙っておく事だな」
「わかりました」
光秀にこうして問い詰められる事がなければ、凪とて自身が未来からやって来たなどと言うつもりは微塵もなかった。
特に反論することも無く、彼の言葉へ素直に頷き、手にしたままの湯呑みへ口を付ける。