第16章 掃き溜めに鶴
「九兵衛からお前に差し入れだ。正確には浅次郎の両親からだが…一体何を隠している?」
「いや、別になんでもないです…!その、差し入れは凄く嬉しいです…でも何で光秀さんが直接!?」
茶などを運んでくれる時も、日中は九兵衛や八瀬などが部屋まで持って来てくれている。それが何故今日に限って光秀本人なのか。彼が片手に持っている盆の上には、黒文字が添えられた小皿があり、その上には瑞々しい梨が丁寧に切られて置かれていた。甘いものが定期的に欲しくなる凪としては大歓迎且つ大変有り難い差し入れだが、運んでくれた人があまりにも間が悪い。
訝しむ、というよりは何処となく面白がっている節が見える光秀へ必死に机上を隠し、話を何とか逸らそうとした凪だったが、そんな彼女を前にして容易に見逃してくれる男ではない。
「夜に男を部屋へ入れる訳にはいかないだろう」
「光秀さんも男性ですけど…!?」
「どうせ家賃の時もここへ来る」
至極当然と言わんばかりの光秀へつい反射的に突っ込んだ凪だったが、男の言い分ももっともだった。結局あと数刻もしたら家賃で彼女の部屋へ立ち入る事になるのだから、自分は良いとあっさり告げ、彼はそのまま緩やかな足取りのまま凪の傍へ近付き、邪魔にならない場所へ盆を置く。
背後に回られた凪の肩がひくりと跳ねる中、自らが着ていた羽織りを彼女の肩へかけた後でそっと身を屈め、指先で耳朶を隠す少し湿った髪を一房耳へかける。
「凪、その手を退かしてみろ」
「…っ、やです…!」
わざと低めた声色で直接鼓膜を震わせるように囁きを落とした。内容はさておき、無駄に色気が込められた男の声はしっとりと低く、凪の鼓動をいやに騒がせる。肩を竦めるようにして身を縮め、必死に光秀の攻撃から逃れつつも、手元は相変わらず紙の上を隠したままだ。光秀くらいならば腕を封じて隠そうとしているものを暴く事など造作もないが、それでは味気ない。
「そう必死に隠されると、どうやっても暴きたくなるな」
「や、…っ、光秀、さん…!」