第16章 掃き溜めに鶴
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訓練を終えて帰城した後はそのまま解散の運びとなり、家康へ改めて礼を言った凪は、着替えて来ると告げた光秀を待ち、御殿へ二人で帰った。
御殿に戻ってからは家臣達が用意してくれていた湯をそれぞれ順番に使い、夕餉を済ませて各々のやるべき事を済ませる為、光秀は文机へ、凪も今日家康から教わった事をまとめるべく同じように文机に向かう。
片側だけ空けた光秀の自室の障子の外はすっかり暗くなり、室内に点いた燭台や行灯の灯りが時折吹き込む風によってゆらりと揺らめいた。時刻はおそよ五つ(20時)、戌の刻と呼ばれる頃である。
文机付近に燭台を手繰り寄せ、凪は現代からの持ち物であるメモ帳に打撲や切り傷、擦り傷、打ち身などといった症状をまとめ、自分が出来る範囲の対処方法を忘れない内にと書き留めていた。
実際戦場になればいちいちメモなど確認していられないかもしれないが、書いておけば何らかの役に立つ事もあるだろう。
明日は家康から薬学を学ぶ予定であり、それもあって記憶が混ざらないようにする対処でもあった。
(えーと…骨折は…)
そういえば骨折者は出ていなかった為、その対処についてはまだ分からない。打撲、打ち身や軽傷の傷ならば、ままある事だろうが、さすがに骨折となるといざという時に支障が出てしまう為、訓練ではそこまでの怪我にはお目にかかれないだろう。
骨折の欄は空欄にして、一通りをまとめた後、小さく息を溢した。ちらりと傍に置かれた古い一冊の冊子を目にし、おもむろにそれを手に取る。ぱらぱらと軽く捲ってみると、中には薬草の絵や様々な調薬の種類────いわゆる薬のレシピが書き記されていた。
使い古されている様子が窺えるその本は、家康が帰り際に貸してくれたものであり、彼の私物らしい。軽く目を通しておいて、と言われて思わず頷いてしまったものの、凪は本のページを捲りつつ、困窮した様子で眉尻を下げた。
「………全く読めない」