第16章 掃き溜めに鶴
ちょうど光秀と二人で戻って来た凪は、最初訪れた時と同じように家康の元へ向かおうとしたが、繋がれた手に力がふと込められ、彼女はそのまま光秀の馬の方へと連れて行かれた。
「あの光秀さん…?手を離して貰えないと、戻れないんですが…」
光秀の馬が繋いであったのは、家康の馬が繋がれている場所の近くである。来た時と同じように家康の馬に乗って帰るものとばかり思っていた凪が戸惑いを露わに繋がれた手を見下ろした。
「帰りは俺の馬に乗って行くといい」
「え?どうしてですか」
さも当然かの如く言われたそれに双眸を瞬かせるも、反論の余地もなく光秀はそのまま彼女の片手から手拭いを取って近くにいた医療兵へ投げて返し、そのまま凪の身体をふわりと抱き上げる。
「え、あ、光秀さん…!?」
摂津への旅路でもお世話になった光秀の馬へ乗せられ、馬首を軽く撫でながら凪が男を見た。その間にも光秀は何食わぬ様子で騎乗し、横乗りになった状態の凪を自らへ引き寄せる。
「同じ場所へ帰る事に変わりはない。別に誰の馬だろうと構わないだろう」
「まあそうかもしれないですけど…せめて一言断りを、」
「家康」
当然のようにしれっと言い切られてしまうと、確かにその通りである為、何も言葉が出ない。しかし今回は家康に連れて来られているという事で、せめて一言何か言った方がいいのではないかと言い淀んだ凪に対し、光秀は顔ごと視線を近くに居る家康へ向けた。
「…なんですか?」
突如声をかけられた家康は僅かに翡翠の眼を見開き、それから何でもない風に相槌を返す。向けられる気怠げな視線を受け、光秀が静かに言葉を発した。
「帰りは俺の馬へ乗せて行く。構わないか」
「構わないかって、もう乗せてるじゃないですかあんた。…別に構いませんよ。どうせ向かうのはお互い城ですし」