第16章 掃き溜めに鶴
言い切られたそれに片眉をわざとらしく持ち上げた光秀は、思案を巡らせるよう意味深に視線を彼女から外した。
「今日は随分お前の視線を感じたと思ったが…どうやら俺の思い違いだったらしい」
「…き、気の所為ですよきっと…」
「これでも気配や視線の類いには敏感でな。それなりに自信はあったが…そうか、俺もまだまだという事だな」
「……うう、」
着実に追い詰められていく凪の耳朶が先程よりも更にじわじわと赤く染まって行った。本当のところ、凪を視線でさり気なく追っていたのは光秀も同じなのだが、確かに光秀を時折見ていたのは事実であった為、凪は生憎とそこばかりに囚われて突っ込めないでいる。
瞼を伏せ、溜息混じりな様で実にわざとらしく紡がれる光秀のそれへやがて限界がやって来たらしく、凪は短く呻くと腰に回ったままであった男の腕から逃れる為、手拭いを手にしていない方の片手を突っ張った。
「とにかく、喜んでないし…み、見てません…!絶対、見てませんよ…!」
「そうか、それは失礼」
おそらく微塵も悪いと思っていないだろう男の形ばかりの謝罪を耳にし、凪はむっとしたまま顔を逸らす。同じ事を繰り返しているという事は、彼女が動揺している証拠である。光秀に癖を掴まれているなど露とも知らず、凪は腕からの脱出を試みた。しかし胸板へ突き立てられた片腕をおもむろに取った光秀が、彼女の指先を自然な所作で自らの頬へあてがえば、凪は驚いた様子で言葉を失う。
「熱いな」
短く紡がれた音に、光秀へ捉えられた指先がひくりと小さく震えた。頬へあてがった彼女の指先は暖かい。その感覚に瞼を伏せ、短く告げると凪の肩が小さく跳ねた。
「先程まで水を扱っていたとは到底思えない熱さだ」
「それは、今日、結構暑いので…っ」
「手拭いも悪くはなかったが、これもなかなかに心地良い」
(心臓、壊れる…!)
吐息と共に囁かれた音は凪の身体の熱を確実に上昇させて行く。自分の手を頬へあてがい、瞼を閉ざす男の姿は言葉に出来ない色気が漂っていた。それを間近で見やり、尚且つとどめの如く幾分柔らかな調子で言われてしまえば、凪はもう色んな意味で限界だった。