第4章 宿にて
「あの時お前に伝えた摂津の不穏な動きは、まだ信長様にさえお伝えしていない情報だ。真偽の程を確かめ、あの御方には確定的な情報をお伝えせねばならないからな。…俺と、調査に当たった一握りの部下しか知り得ない情報を知ってしまったお前が、何処の誰とも知れんとなれば、それを聞かせてしまった俺の責任となるだろう。多少強引な手を使う事になっても、仕方ないとは思わないか?」
(…凄く精神的な攻撃仕掛けて来るっ)
もっともらしい言い分をつらつらと並べ立てられ、そもそも持ち得なかった反論の術を奪われた上に、段々と押し隠す事すら面倒になって来た凪は、暫くの間光秀と沈黙の中で視線を交わしていたが、やがて深々した溜息と共に一気に脱力した。
「…あー、もう分かりました。話しますけど、話させるからには疑わずに信じてくださいよ」
「ああ、話の内容次第ではあるが、善処はしよう」
観念したらしい凪の様子に、ようやく緩やかな笑みを浮かべた光秀がしっかりと頷く。
色々と吹っ切れた凪は少しぬるくなった湯呑みへ手を伸ばし、片手を添えるようにして渇いた咥内を湿らせるとそのまま手にした状態で膝の上へ下ろした。
「─────私は、今から500年後の日ノ本からやって来ました」
面持ちに緊張はなく、あくまでも自然な様子で告げた凪を見つめながら、光秀は内心で驚きを示す。
眉唾もののような、およそ信じ難い話ではあるが、不思議と彼女が偽りを言っているのだとは思えなかった。
「……これはまた、予想を遥かに飛び越えた事を言うものだ。本来なら気でも触れたかと言って相手にしないところだが…」
「私も自分でそう思います…けど残念ながら事実です。ワームホールという謎現象の所為で、気付いた時には本能寺に居て…後は知っての通りですよ」
何処となく消沈した様子は、傍迷惑な話だとでも言わんばかりの感情を隠す事なく伝えているようである。
静かに凪の話へ耳を傾けていた光秀を見やると、彼女は不思議そうに目を瞬かせた。もっと色んな方向から突っ込まれる事を覚悟していた凪にとって、彼の反応は予想外と言っても過言ではない。
「…信じるんですか?こんな突拍子もない話」