第16章 掃き溜めに鶴
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激しい組手訓練が終わりを迎えた頃には、日は僅かに傾き、八つ半(15時)を少し回った刻限となっていた。
一日の内で最も気温が高くなると言われているその時分、訓練兵達は勿論、彼らの治療等にあたって走り回っていた医療兵達も疲労の色が濃く映った様子を目の当たりにし、光秀は家康と相談の上で本日の訓練を切り上げる事に決めたらしい。
凪も家康の指導により、今日だけでも様々な怪我の対処方法を身に付ける事が出来た。家康の指示は一見ぶっきらぼうで横暴に見えるが、瞬時に相手の状態を見極め、優先度を決めて各人への対応を定めており、その振り分けや観察眼は尊敬に値する程である。これで武将として戦略も練る事が出来、自身も戦えるというのだからなかなか凄いのではないか、というのが凪の素直な感想だ。
実は光秀が視察に出掛けている間、家康の御殿に泊まっている時に、暇だろうからと簡単な治療に関する座学は受けていた凪だったが、実践と座学とではまったく異なる。
実際怪我人と接し、実践の上で学んだ方が身につくのも早いという家康の考えで今回訓練へ同行させて貰ったのだが、改めて連れて来て貰って良かったとしみじみ噛み締めた凪であった。
訓練が終了し、引き上げとなった事で医療兵達はそれぞれ天幕を片付ける者、使い終わった荷をまとめ、馬へ積み込む者など、まだやる事が幾つも残っている。
凪も最初は医療兵達に頼まれた小さめな荷を運ぶのを手伝っていたのだが、残りが大きめで重い荷物だけになり、訓練を終えた兵達へ濡れた手拭いを渡さなければならないから、と冷たい水を汲んだ桶で濡れ手拭いを作る役目を手伝う形となった。ひんやりとした桶の水は動き回って火照った身体には心地よく、湿らせた手拭いをぎゅっと絞ると籠の中にそれらを敷き詰めて行く。籠の中の手拭いは自分で持っていく形となっており、わざわざ礼を言いながらそれ等を受け取っていく様を見て、凪はふと周りを見回した。
兵達がこうして来ている間、光秀は離れたところで片付けをしている。昼間、配給の折も銃の手入れをし、兵達を優先していた事を知っていた凪は、絞っていた手拭いへ視線を向け、またひとつ籠へ置いた。