第16章 掃き溜めに鶴
「お、折れた…」
「…え!?家康さん、折れてるって言ってます…!」
「そう、どの程度折れてるか確認するから、その箇所木槌で叩いて」
「ええっ!?」
片腕を押さえながらふらふらと天幕へ入って来た若い兵が凪の傍に寄り、同情を引くような調子で苦しげな声を上げる。骨折の有無など確認する術を持たない凪は驚いて咄嗟に家康を振り返るも、彼は男の姿を一瞥するや否や、無情な言葉を言い放った。
「ご、ごめんなさい…!」
「痛っ…なんと慈悲深き一撃…!」
指南役には逆らえまい。意を決して医療道具が収められている箱から木槌を取り出した凪は、恐恐と両手でそれを持ち、目をつぶって患部と思わしき場所へ振り下ろす。しかし、骨折している可能性を思ってつい優しく叩いてしまった瞬間、男は実に幸せそうな面持ちで凪を見やった。
別の兵の治療にあたっていた家康はその男の姿を半眼で見やり、冷たく言い放つ。
「無傷。放り出して」
「た、多分打撲は本当です…家康様…!」
「煩い、次はこっち」
すっぱり切り捨てられ、家康の一声で屈強な医療兵により男が天幕の外へと放り出された。木槌を両手に持ちながら若干はらはらと心配そうに見守っていた凪を見やり、家康が彼女を呼ぶ。
家康の近くに寄れば、何かで擦り切れたらしい傷を二の腕に作った兵が座っていた。その他にも軽い打撲と打ち身らしきものを作っており、見るからに痛々しい様子の男へ心配そうに眉尻を下げると、凪はそこに座っている相手が見覚えのある人物だという事に気付き、つい驚きの声を発する。
「や、八瀬さん!?」
「凪様…!!?」
家康の前に座っていたのは八瀬だった。ぼろぼろな様子を見て目を瞬かせる凪に驚いたのは八瀬も同じで、よりによってとてつもなく情けないところを目撃されてしまった事実に気まずそうな面持ちを浮かべつつ、苦笑する。
「いやこれはあの…光秀様に挑んだら見事返り討ちに合いまして…」
「あの人相手に三回も組手挑むとか、無謀だねあんた」
「はは…面目ないです」