第16章 掃き溜めに鶴
念の為ちらりと光秀の方へ視線を向けるも、彼はそれに手をつけようとする気配が微塵もない。訝しんだ調子で問いかけると、腹が空いていない、といった返答がある事を予測した凪のそれを遥かに上回る答えが飛び出て思わず反射的に突っ込んだ。
(もしかして光秀さん、焼き魚とかちまきとか…とにかく手のかかる食べ物は全部そういう理由で食べないんじゃ…)
凪の予想はあながち間違っていない。このままだとそんな仕方のない理由で昼餉を抜く形になってしまう。そう考え至った凪は自らが手にしたちまきの笹を剥き、それを光秀へ差し出した。
「はい、どうぞ。これなら食べますよね?」
「……おやおや、随分と甲斐甲斐しい事だ」
「ちゃんと食べてください」
目の前へ出された皮が剥かれた状態のちまきを前にして光秀は微かに目を瞬かせる。傍にある凪の黒々とした眸にじっと見つめられ、おどけた調子でわざと肩を竦めて見せると、念押しのように紡がれて仄かな苦笑が零れた。
差し出されたちまきをしばし見やり、手を伸ばさないままで光秀はやがて短く告げる。
「少し待て」
「え?」
不思議そうな凪の表情を横目に、自分の分として手渡されたちまきが包まれた笹を綺麗に剥いた光秀は、彼女が差し出しているちまきと自らが剥いたそれを交換する形で小さな手に持たせた。
「せっかくだ、食べるとしよう」
「じ、自分で剥いたじゃないですか…!」
「面倒と言っただけで、剥けない訳ではない」
互いが剥いたちまきを交換する形になった事実に、凪がむっとして声を上げた。緩く口角を持ち上げて告げる光秀に対し、返す言葉を失った凪は仕方なく光秀が剥いてくれたちまきを頬張る。光秀の言い分はいかがなものかと思ったが、ちまきに罪はない。
「わ、これ美味しい…!」
先程までの不機嫌さはすっかりちまきによって解消されたらしく、一口食べた途端に綻ぶ顔を見て、光秀は仄かに目元を和らげた。それから凪が剥いたちまきへ口をつけた光秀は、やはり噛む回数が多いなと内心溢しつつ、口内のそれを咀嚼する。不思議な事に、実際胃の中へものを収めるより、隣に居る凪の嬉しそうな笑顔を見ている方が、何倍も満たされるような気がした。