第16章 掃き溜めに鶴
学校の給食の配膳みたいで楽しかった、とまでは言わなかったが、身体を動かす事は存外嫌いではない凪は、口元に浮かべた笑みをそのままに機嫌良く告げる。楽しそうな凪の姿を目にするのは悪い気分ではない。だが、彼女の指南は家康が担っており、午後に予定している訓練を思うと、確実に凪は忙しくなるだろう。しかし、彼女は緩く首を左右に振って光秀の言葉を否定した。
「それを言うなら光秀さんもですよ。何かやる事があるなら、お昼ご飯食べてからにしましょう」
「俺は、」
「いい、は聞きませんよ。ほら、立ってください」
自分の分も他の兵へ回せ、とすべて言い切る前に凪によって言葉を遮られる。僅かにむっとした様子で眉根を寄せ、少しばかり怒った風な表情を見せた後、笑みを浮かべて銃を持っていない光秀の片手を彼女の方からそっと握った。大きな手のひらは冷たく、けれどもそれに繋がれた小さな手はほんのり暖かい。立ち上がるよう促す凪がしゃがみ込んでいた体勢からゆっくりと立ち上がると、光秀は微かに苦笑して後に続く。
「今日のお昼はちまきですよ。すごくいい匂いして、美味しそうでした」
「腹に入れてしまえば、どれも同じだ」
「もう、またそういう事言って。じゃあもちもち感を味わってください」
「噛む回数が多くなるのは面倒だな」
「噛む事は大事なんですからね!」
凪と手を繋いだまま、配給場所へと歩いていく。穏やかな足取りのまま、ほんの少し前を歩く凪の揺れる長い髪を見つめた。日差しを浴びて艷やかに光る貫庭玉(ぬばたま)のそれと、結い上げている所為で覗く白い項(うなじ)を捉え、つい伸ばしたくなった手を自制する。兵が多く居る中でそんな事をしてしまえば、凪はおそらく真っ赤になって照れるだろう。
いつものような戯れを交わし合い、木陰付近に座っていた家康の元へ歩いて行く。
その姿を見ていた兵達は思わず食事の手を止め、それぞれが目をひん剥いていた。あの光秀と噂の姫が手を繋ぎ、しかも少し光秀が引かれるような形で歩いている。ひそかにざわめく兵達の様子に、光秀はすっかり気付いていたが、敢えてそのまま放置する事とした。