第4章 宿にて
「だから話す事はありませんって…!それに寝たくなったら勝手に寝ます」
「やれやれ、そこまで強情を張るのなら仕方ない。…では、眠気などやって来る暇もなく、お前が口を自ら開きたくなるような事でもするとしようか」
さながら子供を宥めるかの如く柔らかな声色を発して瞼を伏せたまま緩く首を振ってみせた光秀はしかし、覗かせた金の眸に加虐の色を乗せて凪を見つめると、そのまま色の乗った視線を自身が居る褥へそっと流した。
男が流した視線の意味を理解出来ない程、凪は子供ではない。
冗談とも本気とも取れる様子に、凪の耳朶が一気に朱を帯びた。
「なんでそんな事…っ」
「言っただろう、この二人きりの道行きはお前を知るのに有意義な時間だ、とな」
(こうやって追い詰める為に、馬上ではわざと何も訊かなかったわけ!?)
よもやこのタイミングで出発当初のやり取りを持ち出されるとは思わず、何ならすっかり忘れ去っていた会話に凪が絶句する。
光秀の切り返しに、もはや言葉を失くした凪を見つめ、内心小さく笑いを零した男は、畳み掛けるようにして口を開いた。
「加えて俺は旅の目的を訊ねたお前に、事と次第によっては話してやらない事もない、と言った筈だ。これがどういう意味か、その危機感の薄い頭でもわかるだろう」
胸の前で腕を組みながら、片手を自身の顎へあてがった光秀が、不意に双眸を面白そうに眇め、口元を歪ませる。
首を傾げた拍子に流れた長めの前髪が彼の目元に薄い影を作った。
「まさか…あの時、あっさり説明してくれてたのって…」
(ほう…?詰めの甘さは否めないが、どうやら思ったよりも察しは悪くないらしい)
思い当たった節に顔色を変えた凪が呆然と呟く様をじっと観察しながら、内心で光秀が密かに感心していると、気を取り直して感情の振れ幅が不満の方へと傾いたらしい彼女の眼差しに攻めるような険が混じる。
「わざと先に情報与えて、こっちも言わざるを得ない形にしたんですか」
「ご明察。よく気付いたな、褒美に頭でも撫でてやろうか」
「結構です…!」
茶化した風な言葉に、凪が悔しげな様を隠す事なく眉根を顰めた。彼女の不機嫌な様はしかし、どれだけ険を帯びても光秀の加虐心を煽るばかりである。