第16章 掃き溜めに鶴
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掃き溜めに鶴とは、つまらないところにとびきり優れた人、あるいは美しい女性が現れる事を例えた言葉だ。
本日光秀の訓練に参加した兵達は、まさにその言葉を心の奥底からがっちりと噛み締め、感動に打ち震えている。むさ苦しい野郎共の中に舞い降りた天女、いや荒野に咲いた一輪の花の如く眩い笑顔に男達は歓喜し、その白魚の手から昼餉のちまきをただ単に手渡されたいが為だけに我先にと列へ並んだ。
呆れが過分に込められた家康の冷たい半眼など何のその。だってがたいの良い野郎より、姫君から渡された昼餉がいいに決まってるし感動と味もひとしおだろと心の中で情熱を滾らせた男達の、至極どうでもいい戦いの火蓋が今、静かに切って落とされたのであった。
「お疲れ様です、どうぞ」
「あ、ありがとうございます!!!」
(…なんか皆元気だなあ、お昼時ってどの時代でもテンション上がるものなのかな)
本日の訓練兵や医療兵達の昼餉として用意されていたのは、笹の葉で綺麗に包まれたちまきだ。もち米に染み込ませた出汁は絶品で、細かく切った様々な具材が良いアクセントになっており、見た目に反して結構な食べごたえを感じる事の出来るそれは人気が高い────と、医療兵の人に教えて貰った凪は、一列に並んだ兵達へひとつずつちまきを手渡していた。
補給を兼ねている医療兵達は訓練兵達全員へすべて配り終えた後、自分たちもそれ等をいただく形となっているらしく、配給を行っているのは凪を含めた数人の屈強な医療兵達である。他の手が空いている者達は水汲みや手拭いを渡す為に走り回っていて、案外誰も彼もが忙しそうだった。
「どうぞ、午前の訓練お疲れ様です」
「ありがとうございます…!感激です…!」
(………何故?)
傍に置いた籠の中へきっちりと収められているちまきを訓練兵に声がけしながら渡せば、それを両手で受け取った若い兵は頬を上気させながら頭を下げて気恥ずかしそうに走り去って行く。ちまきを配り始めてから延々とそんな調子であり、凪は先程からきょとんとした様子で疑問を抱いていた。