第16章 掃き溜めに鶴
後で御殿に帰ったら、フランク本の巻末付録にある用語集で調べてみようと思いつつ、火縄銃の射程は一町、と脳裏へ刻んだ。
パァン…!と再び銃声が鳴り響き、その音と薫る硝煙に凪が意識を再び光秀の背へ向ける。
その瞬間、構えを解いてこちらを僅かに振り返った光秀と視線がぶつかった。風に揺れる銀糸と白い袴の裾が揺れ、長い白の帯紐飾りがふわりと踊る。
両手に撃ち終えた硝煙燻る銃を持つ姿を目の当たりにし、凪は思わず眼を瞠った。
眩い日の白んだ光は、光秀の白をいっそう際立てる。狙いを鋭く定めていたのだろう、その切れ長の眸が凪を映した瞬間、ほんの僅かに眇められた。
口元に微笑を乗せ、すぐに兵達の方へ向き直った男の姿を前に、凪の鼓動が静かな脈を刻み始める。
(……なんか、なんだろ…凄く─────)
格好良い、と思ってしまった事に、ほんのりと耳朶が淡く染まった。自分で自分の意識に驚き、今度は忙しなくなり始めた鼓動を落ち着ける為、きゅっと瞼を伏せる。
このまま妙な方向へ意識を持って行くと、昨夜の二の舞になりかねないと思った彼女は思考を早急に切り替える必要があるとばかりに軽く首を左右に振り、家康を見上げた。
「家康さん…!」
「な、なに」
勢いの良さに驚いた家康がびくりと小さく肩を跳ねさせた事など気にもせず、凪は極力顔を光秀の方へ向けないよう意識し、彼へ一歩詰め寄る。
「何か他にお手伝い出来る事ありますか?」
「じゃあ取り敢えず昼餉の準備でも手伝ったら?多分もう少ししたら向こうも休憩に入るだろうし、そしたら今度はこっちが少し忙しくなる。そもそも、医療部隊が本格的に仕事をするのは、あの人の訓練の場合だと大体午後からだから」
「……え?」
家康が告げた意味を、身を持って知る事になるとは露知らず、凪は不思議そうな面持ちでただ首を傾げたのだった。