第16章 掃き溜めに鶴
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医療兵達に混ざり、馬からの荷降ろし(しかしあまり大した荷物は預けてもらえなかった)を手伝った後、天幕を張る彼らの傍でその手順を眺めていた凪を、ふと家康が呼んだ。
医療部隊が訓練用の仮の陣を張ったのは、訓練が行われている少し後方の林だ。医療部隊と訓練している兵達が乗ってきた馬が繋がれているその林はちょうどよい木陰になっており、傍には小川もある為、医療兵達がそれぞれ交代で桶を運び、水をそれぞれの馬へ与えている。
そんな中、訓練兵達の傍、邪魔にならない位置に立っていた家康の隣に並んだ凪は、彼が視線を向けていた先を辿って意識を向けた。
「……あ、」
小さく溢した声は穏やかな風にさらわれる。
背の高い青々とした草が風の流れる方へさわさわと揺れる中、視線の先にあるすらりとした後ろ姿を捉えて凪は黒々とした眼を瞠った。
彼女の視線の先に居たのは、見慣れた後ろ姿。日の光に照らされてきらきらと輝く銀糸が風に揺れ、白い袴がなびく。いつも見ている白袴と白着物姿ではなく、本能寺の夜に垣間見た戦装束をまとう光秀が、一丁の銃を構えていた。
横からではなく、後方からしか覗う事しか出来なかった立ち姿はしかし、凪の目には酷く美しく見える。
真っ直ぐに銃を構える、そのぴんと伸びた姿勢と、少し離れた距離からでも分かる張り詰めた空気感に思わず手を握り締め、息を呑んで見守れば、やがて空気を裂くような銃声が一発、その場を静かに震撼させた。
風に乗って流れたのは硝煙の香り。摂津で嗅いだものとは少し種類の違うそれは、凪の意識を僅かにさらう。
(あれが、人を殺める音なんだ)
凪の日常には、決して入り込んで来る事のない音に心が微かにざわめいた。しかし、それは同時に乱世でいつまでかは分からないが、生きなければいけない以上、凪がある程度受け入れなければならない音でもあった。
「……怖い?」
不意に家康が凪へ問いかける。
続いてもう一発、光秀が引き金を引いた事により銃の音が高く木霊した。我に返った様子で隣に居る家康を向いた凪は、僅かに驚いた様子で居たが、すぐに表情を引き締めると首を振る。