第4章 宿にて
「────お前は、一体何者だ?」
半ば確信した断定的な音が、形の良い光秀の唇から発せられる。
見開かれた凪の瞳に、問いを投げた自身の面(おもて)が映り込み、彼女の感情の揺らぎにあわせてその姿がゆらりと滲んだ。
文字通り言葉を失った凪は、答えあぐねた様子で唇を引き結ぶ。
薄く色付く唇へ一瞬視線を投げ、答えを狭めるようにして再度音を発した。
「…ああ、お前の可愛いおつむでは俺の問いを理解しきれなかったのも無理はないか。言葉が足りず、すまなかったな。ではもう一度問おう、小娘」
敢えて挑発的な言葉を挟み、瞼を伏せて肩をわざとらしく竦めて見せた男がおもむろに意識を目の前の彼女へ戻した刹那、凪の指先がぐっと怯えを伴って夜着の布を掴む。
「お前はどこからやって来た。…何故あの夜、燃え盛る本能寺に居合わせたのか、と訊いている」
「それ、は…」
声を荒立ててもいない筈だが、光秀のそれはどうしてか凪には威圧的に感じられた。静かで淡々とした男の声が、凪にとっての確信的な部分を突いているのを察し、思考が固まる。
自身が未来からやって来た事を安易に告げるべきではない。
それは安土城で最初のやり取りをした時にも思った事だ。自身でも半ば信じ難い事を、彼らに話したところで丸く収まるとは思わないし、余計な波風は立てたくない。
音のない室内で、油を吸った灯芯がじりじりと燃える。
誤魔化しの効かない相手を前に、それでも凪は緊張で乾いた唇を必死に動かした。
「間者の疑いが晴れたなら、これ以上話す事なんてありませんよ。私はたまたま本能寺に居て、そこに居たのが信長様だって知らずに助けただけです」
「下手な言い逃れは止めておく事だ。お前が真実を口にするまで、寝かせるつもりは毛頭ない。明日、寝不足のまま馬に揺られたくはないだろう?」
逃れる事など許さないと言わんばかりに光秀が言葉を重ねる。
正攻法で攻めたところで、この男には効きもしないと分かっていながら、それ以外に反撃の術を持たなかった凪はお粗末な反論だと知りながら顔を顰めた。