第16章 掃き溜めに鶴
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─────少しばかり時は遡り、凪と家康が演習場へ到着してしばらく後の事。
遠くに設置した的に狙いを定め、兵達が号令と共に引き金を引いた瞬間、弾けるような音と同時に硝煙が銃口から立ち上る。風に吹き飛ばされて霧散する嗅ぎ慣れた匂いと共に薄灰色の煙が風向きに抗わず流れて行くのを見やり、光秀はそれぞれが撃った的へ視線を投げた。
畳一枚分より一回り小さな厚めの板には簡易的に人の形を模した絵が描かれており、それぞれに重傷、致命傷、軽傷となるだろう、いわゆる人の各急所が丸で印をつけられている。
これ等は的確に狙った箇所を撃ち抜けるよう、その精度を上げる為の訓練と、銃自体の扱いに慣れていないものが実際に手に取る事で手にそれ等の武器を馴染ませる目的のものだ。
「お前は肩に力が入り過ぎだ。そう力んでは上手く照準も合わせられない。もっと自然な姿勢を保て」
「は、はい!」
あまりこの手の類いの武器を手にした事がないのだろう、最近三成の隊から移動になった若い兵は光秀によって軽く肩を押された事へ姿勢を正し、恐縮した様子で相槌を打つ。
撃ち終えた兵ひとりひとりへ声をかけて歩く光秀が、横並びになっていた最後の兵へ助言を与えた後、控えに回っていた兵達がさざなみの如くざわめきに満ちた事に気付き、身を翻した。
緩やかな風と共に白の袴を揺らして振り返った先、この場に本来居る筈のない人物の姿を認めて光秀は微かに眼を瞠る。
(凪…?)
視線の先には、家康の手を取って馬上から草むらへ降り立つ凪の姿が見えた。横乗りの体勢であった為、軽く身体を馬の背で滑らせるようにして下りたその拍子、小袖の裾が軽く上へ捲れ上がり、足袋と草履を履いた彼女の白い足首やふくらはぎが覗いた事へ、一部を覗く兵達がいっそう静かにざわめく。
「…次、前へ」
草むらへ立った時には重力に合わせて裾は元通りになっていたが、まったく無防備な事だと光秀は内心溜息を漏らした。
この時代、女性が肌を晒す事など珍しく、膝下とてその足を目にする機会は閨くらいなものだ。それを若い娘が意図的でないにせよ、堂々と。