第16章 掃き溜めに鶴
家康がかけてくれたのは淡黄色(たんこういろ)の襷だった。襷といえば勝手に白を想像していた凪のそれに反し、優しく柔らかい薄目の黄色は今日彼女がまとっている天色(あまいろ)の夏らしい色合いをした小袖によく合っている。
小さく呟いた凪のそれを拾い上げ、家康は襷をかけてあげた後で些かむっとした様子で眉根を寄せた。
「……余ってただけだから。別に変な意味はないよ」
「…?わ、分かりました…」
ただ可愛い色、と告げただけなのに突然苛立った様子を見せた家康へ不思議そうな相槌を打ち、髪を下ろしたままであった凪は一度髪に挿していた簪を抜き取る。
今日はほとんど外で過ごすのだろうし、動き回る事を考えると髪は結っておいた方が良いだろうと考え、袂に入れていたヘアゴムを取り出し、両サイドの髪を一房残して高い位置で一つに結い上げた。最後に一度外した簪を結い上げた箇所へ挿し、準備を終えると家康へ振り返る。
「じゃあ私は何をすればいいですか?」
高い位置で一つに結い上げた髪がふわりと動きに応じて揺れ、その様を眺めていた家康は、突然振り返られた事に目を瞠ると何処となく気まずそうに顔を逸らした。
「……取り敢えず、兵達の荷降ろしを手伝って。重たそうなものは無理に持たなくていい」
「分かりました!」
元々実家の乗馬クラブで馬達の餌やりなどをしていた事もあり、重労働は存外得意な凪が意気込んだ様を見せつつ、馬から荷を下ろしている医療兵の元へ駆けていく後ろ姿を見つめ、家康は小さく吐息を零す。
医療兵達は重傷者や足を負傷した者達を運ぶ事が多い為、体力のある若い男達がほとんどだ。その中に至極珍しく女性───しかも華奢で可愛らしい彼女が混じった事で、男達の士気が無駄に上がる様は遠目から見ても明らかである。
(……あいつ等、後で水汲み五往復くらいさせよう)
あれだけ元気そうだから別にそのくらい問題ないでしょ、と言わんばかりの半眼を向けられている事など露知らず、医療兵達は凪に空の竹筒やら小さな袋やらを渡しており、家康は馬を繋ぐ為、林の方へと手綱を引きながら歩いて行ったのだった。