第16章 掃き溜めに鶴
家康の説明を耳にし、関心を寄せた凪は一度は聞き流しかけた言葉へ顔を向ける。
「というか、家康さんも扱えるんですか!?」
「なんでそんな驚いてるの。使えるに越した事ないでしょ」
「そういうもの、なんですね…」
数多の戦が繰り広げられる乱世では、戦闘手段が多い方が良いという認識は当たり前なのだろう。まして目の前に居るのは江戸時代という長い時代を作り上げるきっかけとなった徳川家康、その人だ。そんな彼を指導したのが光秀だというのは、のちの歴史を知る凪にしてみれば不思議な感覚であった。
家康達の後に続いていた一隊は、いわく戦時に金瘡医(きんそうい)達と共に従軍する医療部隊らしい。一部兵站部(へいたんぶ)と兼任している者も所属している彼らは、戦う事よりも後方に詰めて怪我人の救護や治療、金瘡医達の補助や移送を担う事を主な仕事としている。
もし万が一戦に駆り出される事があるとすれば、あんたはきっとここの所属になる。そう道中で告げられた事を思い出して、凪は彼らが今日この演習場へ来た目的を何となく悟った。
「もしかして、今日ここに来たのって演習で怪我した人が居た場合の治療とか…そういう事の為ですか?」
「そう。後は補給だね。昼過ぎまで演習が続く予定だから、その物資の輸送も兼ねてる」
「へえ…じゃああの荷物はその物資だったんですね」
凪の疑問へ素直に頷いた家康は馬上からすとんと降り立ち、彼女に向かって手を伸ばす。光秀にされている時の癖で特に抵抗なく彼の手を握り、草の上へ降り立つと一隊の様子を改めて見やる。
馬に積まれていたのは治療用の道具や薬類であり、後は空の竹筒や医療部隊、訓練兵用を含めた昼餉などだったらしい。
彼らへ視線を巡らせていた凪を他所に、家康は袂(たもと)から襷(たすき)を取り出し、凪の後ろへ回った。
「ほら、襷かけるから動かないで」
「あ、はい…!」
「それあげるから、今度からちゃんと自分で持って歩いて。いつ必要になるか分からないだろうし」
「ありがとうございます。…可愛い色」